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9-26

 途切れた意識の先で。

エミリアは、すすり泣く声を聞いた。


 エミリアはりし日の姿で立っている。

長い紫の髪を三つ編みにして1本に束ね、その小さな瞳は琥珀こはく色。

清潔な麻のシャツと、ぶかぶかのハーフパンツとブーツを身につけて。

その手には、よく振り回したり村の子供達の指揮をっていた短い木の枝を握っていた。


 エミリアが周囲に意識を向ける。

そこは黒い岩肌がどこまでも広がり、紫の炎が所々から吹き出していて。

ただ声は聞こえるのに、エミリアは自分以外の人影を見つけられない。


 声は徐々に大きくなる。

エミリアのすぐ側から聞こえる泣き声が徐々に、狂い始める。


『誰? どこにいるの?』


 エミリアが思った。

その意識の声が響くと、景色が反転する。


 エミリアはりし日の姿から、魔人堕ちしたあとの姿へと変わった。

精神的な苦痛から色()せた白い髪。

まわしい赤の光を灯す瞳。

首には魔人飼いの首輪と鎖をつけて。

粗末な作りの奴隷どれい服を身にまとい、手には青のハルバードを握っている。


 消えた黒い岩肌と炎。

そこに残ったのはエミリアの意識と。

そして彼女から伸びる少女の形をした影だけ。


『……エミリア』


 謎の声がエミリアを呼んだ。


「誰なの?」


 エミリアが振り返った先には自分から伸びる影。

誰かの影。


────気付くと、影が立っていた。

真っ黒な影は、いつしか少女の形をして立っていた。

エミリアと鏡写しの姿。

だがその顔がぐにゃりと歪む。

再び声が響く。


『エミリア』


 判然としない声。

だがエミリアは不明瞭ふめいりょうなその響きの中から。


『エミリア』


 様々な人物の顔が折り重なって変わり続ける少女の顔。

でもエミリアは不確かなその顔の中に。


『エミリア』


 自分のよく知る彼女の声と彼女の顔を、見つけた。


「シャル……ロッテ」


 その名前を口にしたエミリア。

それは魔物に命を奪われた、エミリアの親友の名前。


 エミリアにシャルロッテと呼ばれ、不確かだった少女の顔がはっきりと浮かび上がった。

彼女は、にこりと微笑んで。

だがその瞳には憎しみの色。

いでその姿が、エミリアの記憶の中のシャルロッテの死に様と重なる。


『エミリアは私を助けてくれなかった』


 エミリアがシャルロッテと呼ぶ少女が言った。

魔物に全身を引き裂かれた、最期の姿でエミリアに迫る。


 シャルロッテが迫るごとに、エミリアの姿が永久魔宮に飲まれかけたあとの姿へと戻って。

ハルバードがみるみる色を失い、切っ先から赤黒く染まっていく。


「────エミリアっ!」


 エミリアはその声に大きく目を見開いた。

現実へと引き戻された彼女の意識。

その瞳の先には目前に迫る永久魔宮の刃。


 エミリアは咄嗟とっさにハルバードを振るった。

魔宮の刃をいなし、自身の落下の軌道を変える。


 だがエミリアは瞬く間に刃に取り囲まれた。

四方八方から迫る風切りの音。

エミリアはその瞳の赤を燃え上がらせて。


『────』


 だが魔宮の展開をしようとすると、すぐ側から彼女(・・)の気配。


「…………っ」


 『シャルロッテ』の気配を感じ、エミリアは魔宮の展開を躊躇ためらう。


 その時。

折り重なる刃のはるか下から黒い奔流ほんりゅうが立ち昇った。

渦を描いた闇が永久魔宮の刃に振れると、刃が闇に沈むように消えていく。


 アーシュとエミリアはその闇による攻撃に見覚えがあった。


「……ケケケ、あいにくと俺様が今撃てんのはこれが限度だぁ」


 アムドゥスは巨大化し、異形化した片翼から放った『黒き翼、宵闇を招くスプレッド・ディスペア』を。

そしてその先に視線を向けた。


「俺様とブラザーは、ここにいるぜぇ。ケケケケケ!」


 自身と魔結晶アニマの位置をアーシュ達に示したアムドゥス。


「けけ。今の、アムドゥスの技だよね!」


「うん。アムドゥスが気付いたんだ!」


 エミリアとアーシュの顔に笑みが浮かぶ。


「アムドゥスー! 待ってて! 今、行くからっ!」


 アーシュが叫んだ。


「イヒヒ。場所が分かったのはいいけど、行けるの?」


 自嘲じちょう気味な笑い。

未だ大量に閃く、無数の刃に視線を走らせながらクレトが言った。

同時に触手を伸ばし、落下するエミリアの胴を絡めとって。

自身の乗る銀の鞘にエミリアを引き上げる。


「いけるよ」


 真白ノ刃匣(マシロノハゴウ)を振りかぶるアーシュ。


「その剣のソードアーツが強力なのは見た。でもまず魔力を溜め直さないといけないんじゃ?」


「ううん」


 アーシュはクレトの言葉を否定して。

その真っ黒な柄を強く握る。


「もう魔力は、溜まってるよ!」


 そう言ってアーシュはその魔力を解き放った。


「『その刃、(ソード・)嵐となりて(ストーム)』!」


 同時に真白ノ刃匣(マシロノハゴウ)が宙を舞う。


 放たれた白い剣閃が永久魔宮の刃を消し去り、道をひらいた。

アーシュ達もようやくアムドゥスと魔結晶アニマの姿を捉える。


「アーくん、いつの間に魔力溜めてたの?」


 エミリアがいた。


「……おれも分からないんだ。気付いたら溜まってて」


「でも、ソードアーツ中は魔力の回復ってできないんだよね。確かソードアーツのジレンマって」


「うん。でも今はそれよりも」


 アーシュが言うとエミリアはうなずいて。


「ディアスを!」


 アーシュは真白ノ刃匣(マシロノハゴウ)に再び乗り、エミリアとクレトは銀の鞘に乗って。

その周囲に10の剣を伴いながら3人は降下。

ディアスの永久魔宮の刃によって完全な更地と化した大地へと降り立つ。


「アムドゥス!」


 エミリアは銀の鞘から飛び降りると、一目散にアムドゥスと魔結晶アニマのもとへ。


「…………」


 アムドゥスは額にある第3の瞳でエミリアの状態を読み取ると、顔を一瞬しかめた。

だがすぐに、にやりと笑って。


「ケケ。久しぶりだなぁ、嬢ちゃん」


「けけけ、久しぶりだね! アムドゥス!」


 アムドゥスの声を聞いて、エミリアが嬉しそうに言った。


「アムドゥス!」


 エミリアの後を追ってきたアーシュも、久しぶりの再開に嬉しそうに目を輝かせる。


「あのさぁ、再開を喜ぶのは後回しにしてもらえる?」


 1人だけ冷めた声音こわねのクレトが言った。

銀の鞘を降りると、魔結晶アニマかたわらに用意していた素体をおろす。


「あん? スライムだぁ? ケケケケ!」


 アムドゥスがクレトを見て言った。


支配の冠(リームス・ケレブルム)に個人の意識と記憶の情報を転写した個体っつうわけかぁ。その見た目、オリジナルはあん時の魔人だなぁ」


 アムドゥスが声をかけると、クレトはアムドゥスの顔を凝視して。


「お前さえ、手にいれれば…………いや」


 クレトはかぶりを振る。


「イヒヒ、まずは永久魔宮と魔結晶アニマの接続を絶つのが先だ」

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