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突如魔宮に現れた侵入者。
その侵入と同時にゴーレムが複数で迎撃に向かっていた。
上体を腰関節から反転させ、対象を正面に捉えると飛びかかる。
その侵入者は自身に追いすがるゴーレムを見ていなかった。
見る必要がなかった。
真白ノ刃匣へと走る意識。
一瞬で柄から剣身、切っ先へとその意識が剣の輪郭をなぞる。
彼は剣を操作し、超重な刃を容易く振りかぶって。
「ソードアーツ────」
その純白の大剣に蓄えられた魔力を解き放つ。
「『偽りと欺瞞の偶像』!」
彼はそのソードアーツの力を知っていた。
周囲を薙ぎ払うように振るわれた刃。
その軌跡が星々のような瞬きを内包した白い剣閃となって。
その白い宇宙へと飲まれたゴーレムはピタリと動きを止める。
放たれたソードアーツがゴーレムの魔力を喰らい、無数の光が強く瞬いた。
魔力を根こそぎ奪い取られ、ゴーレムの巨体が頭から足へと向かって崩壊していく。
彼は振り抜いた真白ノ刃匣を勢いのままに投げ放った。
その切っ先が空間を裂くように。
刃の軌跡に拡がる白い宇宙。
投げ放たれた剣が幾度となく加速と方向転換を繰り返す。
連なる鋭い風切り。
そして魔宮のフロアに広く走った剣閃。
現れたゴーレムの全てがその機能を停止して崩れ落ちる。
「……エミリア!」
彼はエミリアに視線を向けると叫んだ。
次いで自身の乗る大きな銀色の武器を操作してエミリアのもとへ。
彼は大きな箱のような得物から飛び降りるとエミリアを抱き上げる。
後ろで結わえた艶やかな黒髪。
中性的な顔立ちに華奢な体躯。
そしてその紫の瞳は涙で潤んでいた。
エミリアはその顔を見ると顔をほころばせて。
「けけ、久しぶりだね。アーくん」
「エミリア、ずっと会いたかった」
アーシュはそう言ってぽろぽろと涙をこぼす。
「あたしもずっと、会いたかったよ」
エミリアは左手でアーシュの頭を撫でた。
だがアーシュはその顔を悲しげに歪ませて。
安堵の涙はすぐに別な涙へと変わる。
エミリアの今の姿はあまりに歪だった。
左の眼孔を突き破る牡牛の角。
大きくひしゃげた右手は禍々しい装飾が皮膚を突き破り、ひび割れた手の甲からは紫の炎が噴き出していて。
黒い岩肌のような下肢は膝下から一体となって広がり、所々に裂けたエミリアの皮膚と赤黒い血が張り付いている。
その下腹部は破れ、中からは血にまみれた白いハルバードが突き出していた。
アーシュはその中を覗く勇気はなかったが、そこからは時折すすり泣くような声が聞こえている。
「おれ気付いたら1人になってて。それでディアス兄ちゃんが永久魔宮化しちゃったってラーヴァさんやディルクさんから聞いたんだよ」
アーシュはきょろきょろと辺りを見回して。
「アムドゥスやキャサリンさんは一緒じゃ、ないの?」
アーシュの問いにエミリアは首を左右に振る。
「アムドゥスはディアスのところに残ってる。今もディアスと一緒なはず。キャシーは……あたし達の仲間じゃなかった」
「じゃあ、エミリアはずっと1人だったの?」
「ディアスが永久魔宮に飲まれてからはクレトが一緒だった」
「クレト?」
アーシュが首をかしげると、エミリアのマントの陰から小さなスライムが飛び出した。
「彼がクレト」
「え、スライム?」
エミリアの傍らでぴょんぴょんと跳ねているスライム。
その姿を見てアーシュが困惑する。
「今はね。今はこんな姿だし、力も残ってないけど、元々は書庫の魔人って呼ばれてた魔人だよ」
「書庫の魔人って……スペルアーツを作った?」
「うん。クレトがキャサリンの話してたお師匠様で、永久魔宮について研究してたのはホントだったの。今は協力してくれてディアスを永久魔宮から戻す準備をしてる」
「やった! じゃあディアス兄ちゃんは元に戻れるんだね!」
悲しげだったアーシュの顔がパッと明るくなる。
「それでアーくんの力を借りたくて、アーくんが来てくれるのをずっと待ってたの。でもアーくん、どうやって来たの? ここは魔宮に囲まれてて人の行き来を遮断してたはずだけど」
「おれ、魔宮を破って来たんだ。最初は上から魔宮を飛び越えれないかと思ったんだけど、空まで魔宮が続いてて空に頭ぶつけちゃった」
「けけけ。それでか、ここに大きなたんこぶがあるの」
エミリアはアーシュの頭頂部のこぶになったところを押す。
「ちょっ……痛いよ、エミリア」
「けけけけけ」
エミリアが悪戯っぽく笑った。
「────痛っ」
だが次いでその顔が苦悶に歪む。
魔宮に飲まれて変質した身体が激しい痛みを訴えていた。
かろうじてエミリアの永久魔宮化の進行は止まっていたが、彼女は強い飢餓状態にあって。
アーシュを前にして強い飢えと渇きに襲われる。
エミリアはアーシュから顔を背けた。
歯を食い縛って口を閉じ、左手も強く握って口許に当てて。
その牙やまだ自由の利く左腕でアーシュを傷つけないよう必死に自分を抑え込む。
「エミリア、とにかくここを出よう。魔宮はまだ展開されたままだし」
アーシュが周囲を警戒しながら言った。
こくこくと無言でうなずくエミリア。
だがアーシュがその体を持ち上げようとするが上がらない。
エミリアの変質した部位はアーシュが抱えるには重すぎるものに変わっていて。
そしてさらにその一部は魔宮に張り付いてしまっている。
「……斬り落として」
エミリアが口許を覆いながら言った。
「こうなったらもう使えないし。あたしがアーくんの左腕にしたのと同じだよ」
「でも」
「大丈夫、クレトがなんとかしてくれる」
「本当に?」
「んー、多分……?」
「えー」
アーシュが顔をしかめる。
「でも分かった。もしも元に戻らなかったらおれがずっとエミリアをおぶるよ」
「けけけ、どうせならお姫様抱っこがいいな」
「任せといて。目が覚めてからは筋トレとかもいっぱい頑張ったから」
「え、前と変わってなくない?」
「え」
「え?」
エミリアの言葉にアーシュはまた泣きそうになる。
「うそうそ。きっとパッと見で分からないだけ。きっと今は魔人堕ちする前のあたしよりあるよ」
「それ全然ないじゃん!」
「けけけけ。……それよりアーくん、ごめんね。アーくんがいっぱい傷ついた時に一緒にいれなくて。1人で置いてきちゃって」
「…………ううん、おれの方こそ来るのが遅くなってごめん」
アーシュはそう言うと真白ノ刃匣を操作して振りかぶった。
意を決してエミリアの永久魔宮化した部位を切断。
右肩から先と両足を斬り落とし、突き出ていた白いハルバードを引き抜いて投げ捨てる。




