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9-19

 クレトは真白ノ刃匣(マシロノハゴウ)の陰からスライムの身体を乗り出した。

周囲を見渡し、ゴーレムと魔宮封じの魔宮の主である魔人の姿を探す。

だが見つからない。


「イヒヒ、当然か。姿を晒すメリットがないもんねぇ」


 その落ち着いた口調とは裏腹に。

そう言いながらなおも魔人を必死に探し、同時に現状の打開策を求めるクレト。


 クレトはその姿を王冠を模したものへと変えた。

人を横たえたくらいの大きさの輪が宙に浮かび、そこから光を放つ。


 放たれたのは支配の冠(リームス・ケレブルム)の魔物を統制するための光。

だがその光の効力がまるで足りない。

ゴーレムは一瞬身動きを止めたが、すぐにまた動き始める。


「くそ、出力が足りない。せめて身体の分割をしてなければ」


 クレトは横たわるエミリアのもとへと急いだ。

左右から触手を伸ばし、エミリアを持ち上げようと。

だがゴーレムによって阻まれる。


 その巨大な手がクレトを鷲掴わしづかみにして握り潰した。

ぐしゃりと形を失うクレト。

だがクレトは極限まで液状化してゴーレムの手の隙間から抜け出し、なおもエミリアのもとへと急ぐ。


「…………」


 エミリアは無言のまま床に手をついた。

なんとか上体を持ち上げ、周囲に視線をさ迷わせる。


 見るとエミリアの頭上には影。

ゴーレムがその大きな足を振り上げていた。

今にもエミリアを踏み潰そうとしている。


 エミリアはなんとか逃れようと。

だが身体が思うように動かない。

脚の感覚がない。


 エミリアが自身の脚へと視線を移すと、マントの下から投げ出されている脚が変質していた。

それは黒い岩肌のような様相。

気づけば右手の甲がひび割れ、そこからは紫の炎が噴き出していて。

そして右目から流れ落ちる血涙けつるいが魔宮の白い床をまだらに汚す。


「あ……ぁ…………」


 血涙けつるいがその勢いを増してボタボタと滴り落ち、左目と口からも血がこぼれ始めた。

よじれた右手は禍々(まがまが)しい装飾が皮膚の下から突き出し、黒い岩肌のようになった下肢が残った皮膚を裂きながら拡がっていく。


「……痛い…………っ、ぃぁあ……!!」


 エミリアの苦悶くもんに満ちた声。


 胸の中の魔結晶アニマが不足した魔力をエミリアの身体を代価に捻出していた。

小さな少女の身体が内部からぐちゃぐちゃにき回され、激しい痛みと共に魔宮へと飲まれていく。


 小刻みに震える赤の瞳。

限界まで開かれた瞳孔どうこう

その中心からズブリ、と鋭い切っ先が現れた。

それはエミリアの左目を突き破り、その眼孔がんこうから牡牛の角が伸びる。


「────っ!!」


 その痛みに声にならない絶叫を上げるエミリア。


「エミリア!」


 クレトが叫んだ。


 いでクレトの視線の先でガクンと揺れた身体。

エミリアの身体が大きくのけ反り、その下腹部が膨らんで。

そして中から突き上げるようにして現れたのは血に染まった白いハルバード。

さらに裂けた腹の中からは狂ったような女の慟哭どうこくが響いていくる。


「─────」


 その慟哭どうこくは緋色をまとい、周囲のゴーレムへと襲いかかった。

その絶望と怨嗟えんさにまみれた声がゴーレムの体表を撫でると、ゴーレムは狂ったようにでたらめな動きをして自壊していく。


「ダメだ」


 クレトは暴走する『緋色の慟哭スカーレット・ラメント』の中へと突き進んだ。


「ダ、メ……だ」


 肉体の組成が乱され、人型とスライムの姿とを中途半端に行き来するクレト。

その意識が混濁こんだくする。

自分が何者かも判然としなくなる。

だがその歩みは決して止めない。


「もウ嫌ナ……ダ。モウ、居なクナるのハ」


 クレトは目の前で永久魔宮に飲まれていく少女に、自身の母親の姿を重ねていた。


 クレトは形を変えるとエミリアの口の中へと飛び込んだ。

魔力欠乏時の応急措置として、古くから冒険者の間で最後の手段として普及しているスライムの経口摂取。

クレトは自身の身体をエミリアに取り込ませ、永久魔宮化の進行を抑える。


 エミリアの永久魔宮化の進行はからくも止まった。

だが同時に放たれていた『緋色の慟哭スカーレット・ラメント』も消え、どこからともなく現れた白いゴーレムが再びエミリアとクレトを取り囲む。


 エミリアは戦闘不能。

かろうじて意識が残っている程度。

クレトもエミリアにその身を捧げ、その身体のほとんどを失っていた。

複雑な思考をするだけの能力も残されてなく、クレトの記憶を有しているだけのただのスライムに等しい。


 一向に窮地きゅうちは脱せない。


「────同族狩りの裏切り者に、死を」


 未だその姿を現していない魔人が言った。

冷たい赤の瞳で陰からエミリア達を覗き見て、自身の魔宮の魔物である魔宮封じのゴーレムを操る。


 球体関節が滑らかに連動し、高々と振りかぶられた拳。

それを阻む事もかわすことも今のエミリアとクレトにはできない。


 そして激しい風のうなりと共に振り下ろされる巨大な拳。


 ────その刹那せつな

魔宮封じの魔宮の一角が、砕け散った(・・・・・)

同時に魔宮へと飛び込んでくる影。


 それは白いマントをひるがえして。

凄まじい速度で宙をかけると、魔宮に突き立てられていた純白の大剣を握る。

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