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それから2日。
集落の人々も毒が薄まり、ようやく身動きがとれるようになってきた頃。
エミリアは彼らにキャラバンとの合流を勧めた。
道中の警護も自分達がすると伝えて。
だが魔人とスライムの2人に対する警戒は強く、特に女性陣からエミリアは強い敵意を向けられていた。
男性陣もほとんどは嫌悪の眼差しを向けている。
「イヒヒヒ、放っておきなよ。運が良ければ助かるでしょ」
クレトがエミリアに言った。
「でも」
エミリアが言い淀む。
だが集落の人々の身を案じるエミリアに、彼らは心ない言葉を浴びせ続けていた。
肩をすくめて縮こまるエミリア。
その悲しげな横顔をクレトは盗み見た。
「…………」
次いで集落の人々に視線を向けると鼻で笑って。
「言ったって来ないよ。かといってこいつらの安全がある程度保証されるまで陰ながら見守るなんて嫌だし。エミリアの手助けは必要ないって言ってるんだ。なら付き合う必要はないんじゃない」
クレトはエミリアに向き直ると続ける。
「付き合う必要は、ないんだ」
そう言いきってクレトはエミリアの腕を掴んだ。
その身体をスライムのものへと戻し、エミリアの体を持ち上げる。
「じゃあ、行くからね」
「でも」
「行くよ」
「…………うん」
エミリアが小さく答えると、クレトはエミリアと真白ノ刃匣を運んで人々のもとをあとにする。
エミリアとクレトが見えなくなるまで睨んで警戒していた人々。
その姿がこちらからも見えなくなると、エミリアはクレトの身体に突っ伏した。
ひんやりしたスライムに顔を埋める。
「イヒヒヒ、お節介の結果があれだよ。ざまぁないねぇ」
クレトはエミリアを馬鹿にしてけらけらと笑った。
「クレトのいじわる」
「ボクはいじわるだよ」
「またそうやってアムドゥスみたいなこと言う」
「む、ボクは原初の魔物の一欠片じゃないんだけど」
けらけらと笑い声をあげていたクレト。
だがエミリアの発言に途端に苛立ちを見せる。
「原初の魔物の一欠片なんて物みたいな名前じゃない。アムドゥスにはちゃんとアムドゥスって名前があるよ」
「関係ない。今、お前が話してるのはボク」
クレトはさらに機嫌を悪くして。
その語気が荒くなる。
「そうだね。アムドゥスはいじわるに聞こえても本音は違ったもん」
「ボクはいじわるだって?」
「けけ、自分で言ったんじゃん」
「お前が馬鹿だから分からせてあげようと思ったのにさ。ボクなりの優しさだよ。意味のない人助けも、さっきみたいなお節介も意味がない」
「ディアスは常に目の前の人を助けるために動くし、アーくんだったらきっと同じように提案してた」
「二言目にはディアス、アムドゥス、アーくん。それしか言えないわけ? 今、お前が一緒にいるのはボクだ。クレトだよ。あいつらじゃない。あいつらはここにはいないんだよ」
クレトはそう言って鼻を鳴らす。
「…………」
エミリアは無言で体を起こした。
クレトの上で膝を抱え、顔を伏せる。
「なんでそうなるわけ」
クレトは前進を続けながらエミリアに意識を向けて。
「寂しくなるとすぐそれだ。何がお姉ちゃんだよ。お姉ちゃんぶってもお前はしょせん子供だねぇ」
「…………」
「ねぇ、ボクに言う事ないの?」
「…………」
「ボクに謝罪も労いもないの? ボク最近、お前のパートナーとして頑張ってたと思うけど。このボクがお前を気遣ってあげたんだけど」
「…………」
エミリアはクレトに答えない。
クレトという魔人を模倣するスライムに答えない。
独りで強く膝を抱き抱え、額を強く膝に押し当てて。
記憶の中の大好きな人々の笑顔を必死に思い浮かべる。
そこには悪い魔人も。
そしてもちろんスライムの姿なんてない。
「……なんだよ。最初は嫌がるボクの頭を無理やり撫でてたくせに」
クレトが寂しげに呟いた。
そしてしばらく集落のあった渓谷沿いに進んだ頃。
突如として周囲の景色が────塗り替えられた。
「エミリア!」
魔宮の展開にいち早く気付いたクレトが叫んだ。
クレトは魔人の襲撃を知らせようと。
だがそれより早く、エミリアとクレトに襲いかかる魔物の影。
叩きつけられた硬質な拳によってエミリアと真白ノ刃匣が吹き飛ばされ、クレトの身体はその衝撃に四散する。
「…………っ!」
エミリアは空中で身をひるがえした。
同時に素早く視線を切って。
右へ左へ。
上へ下へ。
エミリアは刹那の間に状況を確認。
着地と同時に床を蹴り、ディアスの残した純白の大剣の柄に飛び付く。
エミリアはその柄を握ると切っ先を下にして降下した。
素早く真白ノ刃匣の剣身の陰に身を潜める。
初手の襲撃に今のところ特殊な効果の付与は感じられなかった。
追撃で状態異常やデバフが撒かれる事もない。
だがエミリアの額には脂汗が滲む。
大剣の柄を握るエミリアの左手。
だがその反対の腕はひしゃげて曲がっていた。
エミリアが純粋な膂力だけでこれほどのダメージを受けるのは【赤の勇者】フリードのパーティーとの戦闘以来。
激しい痛みが絶え間なくエミリアの脳髄に突き刺さる。
エミリアは眼前にそびえる魔物を見上げた。
そこにいたのはゴーレムだった。
巨大なゴーレムで上背は大きな体躯を誇るエミリアのシャルのさらに倍。
一般的なゴーレムと違って人のような均整の取れたフォルムで、その身体は幾層にも連なった硬質な装甲で形作られている。
ゴーレムは床に突き刺さった拳を引き抜いた。
不気味に光る水晶の単眼をエミリアに向ける。
「クレト、無事?」
「イヒヒヒ、なんとかね」
エミリアがゴーレムの1体を睨みながら声をかけると、クレトが返した。
辺りに散らばったスライムの破片が床を這い、1つにまとまっていく。
エミリアは辺りを見回した。
自己強化によって高い防御を誇るはずのエミリアに容易く深手を与えたゴーレム。
それが展開された魔宮の空間に数えきれないほど並んでいる。




