9-11
サイラスはアーシュの背後から押し寄せる武具を見た。
素早く視線を切り、その数を把握する。
「武器庫全てか」
サイラスは呟くと片方の眉をつり上げて。
「数で押す。子供らしい安易な考えだ」
次いで黄色い袈裟の内側に仕込んでいた素材を選択。
柄だけの剣を持っている方の指先で、その素材を取り出した。
指先のスナップでその素材を宙へ。
素材と剣の柄とが触れる瞬間、サイラスは鎚を振るう。
火花の閃光。
現れる剣身。
そして鎚頭の殴打の衝撃が音となって走るより早く。
サイラスは剣の縁に研剣を。
次いで完成した剣でアーシュの投げ放った2本の剣を斬り払う。
ほぼ同時に響く3度の金属音がアーシュの耳に届いた時。
サイラスはすでにアーシュに向かって跳躍していた。
着地と同時に体勢を低く。
なお低く。
繰り出された右足が地面を抉るように前へ。
重心を左足から右足へと移動。
胴を捻り、肩をよじり、腕をしならせ、手首を反らして。
サイラスは地を這うような姿勢で剣を振りかぶり、鋭い眼光でアーシュを見上げる。
「数なら」
アーシュはサイラスが接近すると背後の武具を操作。
両手に片刃の曲剣と槍のような矛をその手に。
同時に大きな渦を描いていた武具をサイラス目掛けて放った。
圧縮された武具同士が擦れ合い、軋みをあげながらいつくもの大きな切っ先を作り出す。
「ラーヴァさんの方が上」
そして響き渡る剣戟の音。
止むことのない無数の火花。
サイラスは淀みない動作で視界を埋め尽くすほどの武具を次々と捌いて。
「武器庫にあった武器の数はおよそ100」
サイラスは落胆の眼差しを無数の武具の先のアーシュに向ける。
「ラーヴァさんはその100倍の数を自在に操る」
まず数による比較。
「その精度もお粗末だ。100近い装備の中で君が最大限の操作をできているのは10にも満たない」
次に精度を比較して。
「さらにラーヴァさんのところから新たに選出された勇者でも1000の剣を君以上の精度で完璧に操れる」
必死に応戦するアーシュに対し、サイラスは息1つ切らさずに。
事も無げに喋りながらアーシュを瞬く間に追い詰める。
「これで終わりなら期待はずれもいいところだよ」
サイラスは高々と剣を振りかぶった。
「『その刃、竜巻の如く』!」
アーシュは曲剣と矛を横薙ぎに振るうと同時に操作。
加速する剣速。
だがその速度ではまだ足りない。
サイラスは容易く曲剣を払い落とし、矛を絡め取って宙空へと巻き上げる。
再び剣を振りかぶるサイラス。
アーシュは後ろへと跳んで。
「『その刃、雨たらん』」
アーシュの手を離れた曲剣と矛がその切っ先をサイラスへと向けた。
その刃に光が纏い、アーシュは遠隔でそれらを射出する。
さらに無数の武具が絡み合い、軋みを上げながら大蛇のようにその鎌首をもたげて。
連なる切っ先がサイラス目掛けて突き出される。
『その刃、雨たらん』の刃を左右に体をよじってかわすサイラス。
アーシュは無数の武具の中からさらに1つ。
大きな大剣を選んで別個に操作。
後方へと跳んだ自身の足元にその幅広の刃を滑り込ませた。
大剣に乗ると片膝を着き、手を添えて。
体勢を固定するとそのままサイラスから距離を取る。
サイラスは大剣に乗るアーシュを目で追って。
次いで突き出された武具の攻撃を回避。
そのギチギチと軋みを上げながら蠢く側面を駆け上がる。
上空へと逃げるアーシュと追いすがるサイラス。
サイラスは足元から直下立つ刃を回避しながらなおも駆け抜けて。
「ほら。これで詰みだよ」
折り重なる武具を蹴り、サイラスは跳躍。
肩を引いて剣を顔の横で構え、その切っ先をアーシュに向ける。
サイラスの眼下で、無数の武具がなおも軋みを上げていた。
ギチギチと。
ミシミシと。
それらは互いを削り合うように軋みを上げていた。
魔力によって構築された魔宮生成武具。
それらが、互いが互いを魔力へと変換して喰らい合う。
「『その刃、雨たらん』」
アーシュは剣をサイラスの死角から射出。
だがその軌道上に対峙するサイラスはいない。
その剣が向かうのは伸ばされたアーシュの手。
その手に柄が滑り込むと、アーシュはその剣の輪郭を意識でなぞった。
剣を操作し、その加速を静止。
柄を強く握り込んで。
「ソードアーツ────」
アーシュが手に取った剣の魔力を解き放つ。
その光景に、サイラスは初めてその緑の瞳に光を灯した。
その瞳がわずかに揺れて。
その固く引き結ばれた口許がわずかに緩む。
そしてアーシュの振るう剣から放たれる凍てついた閃き。
剣の軌跡から氷の刃が生成され、サイラスへと迫る。
サイラスはその属性を確認。
鎚を握った手で素材を袈裟の内側から引き出し、構えた剣へと素材を鎚て叩き込んだ。
その刃は火花と共に紅蓮の刃へと生まれ変わる。
サイラスは灼熱の剣でアーシュの放ったソードアーツを無効化して。
「ストームをあえて使わなかったのはこのためか」
次々と魔力を蓄えた武具がアーシュの周囲へと集まっていくのを横目見ながらサイラスが言った。
「俺は君に意地悪をした。魔宮生成武具を貸し与えながら、その魔力を溜める術を与えなかった。俺は魔人じゃない。ここは魔宮じゃない。魔物もいない。使う剣も魔宮生成物は使わないつもりだった」
サイラスは炎の魔宮から得られる素材によってコーティングされた自身の剣を一瞥。
「でも君は魔力を集め、ソードアーツを振るい、俺の剣に魔力を纏わせた」
次いでソードアーツで追撃を構えるアーシュへと視線を戻して。
次々と放たれるソードアーツを瞬時に読み取り、的確な属性、形状、動作で捌いていく。
ソードアーツは対魔人の冒険者の切り札。
にも関わらずサイラスは自身の造る装備だけでそれらに対応していた。
ソードアーツを使わず。
剣技を用いず。
だがあらゆる武具に精通した技術とディアスと比肩する対象を見極める能力の高さ。
そこに武具の製造能力を掛け合わせて。
あらゆる敵に対して対応する鍛冶の勇者サイラスは、最適解の勇者の別名を持つ。
「少しだけ、君に興味が湧いたよ」
サイラスは攻勢へ出ることをやめた。
アーシュの放つソードアーツをいなしながら、次の一手が繰り出されるのを待っている。
待ってくれている。
まだサイラスに認めさせるには足りない。
だからアーシュはソードアーツを振るいながら、必死に自分にできる事を思い出す。
自分にできる事を考える。
左腕にはいつかのような違和感も、それを用いた先読みもできる気配はない。
自身の身体を介した魔力の伝達もまだ拙い。
そこでアーシュは思い出した。
まだ自分に秘められた力。
魔宮を。
魔物を。
魔人を。
人さえも青白い結晶へと変える冷たい光。
そして使い方の分からないその力と、その使い方を教えてくれると言った少年の名を。
アーシュは彼の名前を、口にする。
「ヨアヒム」




