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「もう、ディアス兄ちゃんに訊いて確かめる事もできないんだよね……」
アーシュはそう言うと、うなだれた。
だがすぐに顔を上げる。
自分達の目的地とそこへ向かう目的を思い出して。
「そうだ。キャサリンのお師匠様って人ならなんとかできるかも。おれ達、ディアス兄ちゃんの魔宮の自食を食い止めるために、ギルド本部にいるそのお師匠様のとこに行くところだったんだ。お師匠様は永久魔宮について研究してるって言ってたし、何かディアス兄ちゃんを戻す方法を知ってるかも」
ディルクは眉をひそめるとラーヴァガルドに視線を向けた。
その視線を受けてラーヴァガルドはアーシュに言う。
「先ほど少し私が話したが、書庫の魔人と呼ばれる魔人がギルド本部にいて、そいつからの攻撃があった。それによってまずギルド本部にいた多くの人間が死んでいる。さらに生き延びた者も半数以上は隔離された壁の中だ。ディアスの永久魔宮によって命を落としてるやも」
「でも、生きてるかも知れないよ」
アーシュが言った。
次いで立ち上がろうとして。
「まだ起き上がるには早い。何をするにしてもまず体力を取り戻さないと」
ラーヴァガルドがアーシュの両肩に手を添えて制止する。
「それにあの壁は越えられない」
ディルクが言った。
「そんなに大きな壁なの?」
アーシュが訊くとディルクは首を左右に振って。
「高い壁なのは間違いないが、あの壁は人の行き来を断つために作られたものだ。魔人飼いでギルドが保有していた魔人のほとんどを投入し、魔宮を再設定。人間を捕らえて逃がさないトラップの性質を魔宮全体に付加して生み出した人を通さない魔宮の壁。中から出る事はもちろん、外から入る事も不可能だ」
「人を通さない? ディアス兄ちゃんの魔宮を封じ込めるものじゃないの?」
「そのためのものだ」
ディルクが言うとラーヴァガルドが続ける。
「ディアスの永久魔宮は刃のギミックの群体だ。物理的にそれを封じる事は叶わなかった。そしてそれは人を求めて移動している。人を喰らうために」
「だったらその人達を早く逃がさないと! なのになんで人を通さないようにしたの? 頑丈な壁で時間を稼いでその間に人を逃がす事だって」
「仮にそうして人を逃がし、一時的に魔宮の進行を阻んだとして。ならばそのあとは? 魔宮は必ず壁を破り、人を求めて徘徊し、そして人を喰らって成長する。あの魔宮はなんとしても封じ込めなければならかったのだ。物理的にではなくな」
そこまで説明される事で、アーシュもその壁の意味を理解して。
「壁の中の人達を…………囮にしてるってこと?」
アーシュの言葉にディルクとラーヴァガルドがうなずいた。
「それしか道はなかった。最初こそ犠牲は出たが、今は決められたルートによる周回も安定している。現状では最善の手だ」
「そんな……。早くエミリア達と合流しないと。キャサリンさんじゃないとそのお師匠様が誰なのか分からないし」
「まだ生きてる保証はないけどな。おそらくあいつが永久魔宮になったとき、一番そばにいたのはそいつらだろ。巻き込まれた可能性が高いんじゃないか」
「でも、おれは信じてる。きっと無事だよ。キャサリンさんのお師匠様を探してるか、もう合流してディアス兄ちゃんを戻すために動いてるかも」
アーシュがディルクに言った。
「お前、楽観的だな。友達とかにも言われてなかったか」
ディルクが言うとアーシュは苦笑いを浮かべて。
「おれ友達いなかったんだ。母さんが魔人堕ちだったから村の人からあんまり良く思われてなかったし、魔力なしでステータスも低いから同年代の子からは足手まといだって言われて」
「お前があいつに肩入れする理由がそれか」
「おれ、冒険者になること諦めかけてたんだ。でもそんな時にお兄さんとお姉さんが村に来て、ディアス兄ちゃんの話をしてくれた。おれと同じ魔力なしでステータスの低い落ちこぼれって言われてた人でも努力で【勇者】になれたんだから、おれだって頑張ったら冒険者になれるんだ、て思えたの」
アーシュはうなずくと続ける。
「でもそれだけじゃないよ。おれはディアス兄ちゃんの事、仮に【白の勇者】じゃなかったとしても好きだし、憧れてたと思うもん。…………そうだ。お兄さん、ラーヴァさん、おれ会いたい人がいるんだけど」
「会いたい人?」
「誰だね?」
ディルクとラーヴァガルドが訊ねた。
「ディアス兄ちゃんの剣を持っていった人。背の高い髪の長い男の人で、その人は自分の剣を返してもらうって言ってた。誰か知ってる?」
「あいつの10の剣の事か? それならサイラスだな。あの人、ディアスと接触したのに剣の回収だけして見逃したのか。あの人らしいが」
ディルクが言った。
「サイラス、さん?」
「鍛冶スキルを極めた【黄の勇者】の称号を持つ人だよ」




