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「その選択が、救えたはずの大勢を救えなくするんだぞ」
ディルクは呟くと頭を振って。
「身を以て俺は知った。あいつはあの時、間違えた。今の現状も、何もかもがあいつの間違った選択の結果だ。しかもあいつは人を助けるのに、自分の…………」
ディルクの言葉はか細くなっていき、途中で途切れた。
大きくため息をつく。
「どうしてお兄ちゃんはディアス兄ちゃんの事をそんなに嫌ってるの?」
アーシュが訊いた。
「むしろあんな独りよがりのどこに好きになる要素があるんだよ」
あからさまに嫌そうに顔を歪めたディルク。
その表情にアーシュは既視感を覚えた。
「……あ、ディアス兄ちゃんに似てるんだ」
「は? 誰が?」
「今のお兄さんの嫌そうな顔、ディアス兄ちゃんが嫌そうにしてる時の顔に似てた」
アーシュの言葉にディルクはさらに大きく顔を歪めて。
「あの無表情で顔色1つ変えない奴がか? ないない。泣きも笑いもしない、何考えてるか分かんないような奴だぞ。協調性も皆無。会話は必要最低限……てか足りてない」
ディルクは舌打ちを漏らすと続ける。
「実力はあったかも知れないが純粋な遠隔斬擊の扱いは俺やリーシェのが上。正直、剣技のセンスもなくて
『その刃、暴虐なる嵐となりて』なんかの上位技は根性だけで覚えたような奴だ。根性だけで習得したような努力馬鹿はあいつくらいだぞ。それにステータスも並以下。落ちこぼれだからな。複数の剣を装備してステータスをなんとか引き上げ。さらに本来は熟練の冒険者が培う膨大な経験を知識として吸収」
話すうちに徐々に早口になるディルク。
「一応アカデミーなんかではそういう経験の知識化が進んできたかが、当時はまだ形式化されてなかったものだ。『努力できるのも才能だ。』なんて言ってたが、あいつにある才能なんてそれくらいだな。その知識でヘタな『神秘を紐解く眼』使いより遥かに正確な敵の難度の見立てと行動パターンの把握ができた。分かるか。そんだけ色んなもん駆使してようやくあいつは戦えてたんだ」
まくし立てるように言ったディルクは、やれやれと肩をすくめた。
同時に片側の口角が無意識につり上がる。
アーシュはそんなディルクの様子を見ると、ぱちぱちとまばたきして。
「……もしかしてお兄さん、ディアス兄ちゃんの事好きじゃない?」
「は?」
アーシュが言うとディルクは嫌そうにまた顔を歪めた。
桃色の髪をくしゃくしゃと掻く。
「そういえばお姉さんは一緒じゃないの?」
アーシュはディルクといつも一緒にいたリーシェの姿がないことに気付いて訊ねた。
「リーシェか? あいつは俺と違って忙しいからな。夜まで別行動だ」
「じゃあお兄さん、暇なの?」
「暇って言い方は語弊があるぞ。特別、用事がないだけだ」
「じゃあ、おれに遠隔斬擊の剣技教えてよ」
「なんで俺が。お前だって俺の事は嫌いだろ? あいつは別としてもお前の母親の事も俺は悪く言ったんだ」
「うん。それは謝ってくれるまで許さない」
「なら」
「でもお兄さんが悪い人じゃないって分かったから。嫌がらせで言ったんじゃなくて、お兄さんなりの考えがあるんでしょ。お兄さん達の正義を否定しないよ。代わりにおれ達の正義も否定させない。決めたんだ。正しさってきっと1つじゃないから」
ふひひ、とそこでアーシュは笑い声を漏らして。
「それにお兄さんがディアス兄ちゃんの事好きなの分かったし」
「あ?」
「きっとディアス兄ちゃんの事だし、よっぽどの事をしたんだと思う。意外とディアス兄ちゃん子供っぽいっていうか、駄目なところもあるし。でもディアス兄ちゃんがちゃんとそれに気付いてちゃんと謝ったらお兄さんは許してくれるでしょ?」
「なんの事だ?」
「違うの?」
「違うな。そもそも俺はあいつと初めて会った頃から嫌いなんだ。俺達は家族と故郷を失った。でもあいつは何も失ってなんてなかった。俺達が失いたくなかった──俺達が欲しくてたまらなかったものを自分から捨てたんだ」
アーシュは首をかしげるとディルクに訊く。
「ディアス兄ちゃんてどういう生い立ちなの? おれ、ディアス兄ちゃんの昔の事は全然知らないんだよね」
「あいつは裕福な家の生まれだ。あいつをちゃんと愛してくれる両親もいた。そこでだって幸せになれた。むしろ落ちこぼれが冒険者を目指すよりも、もっと幸福になれる道がそこにはあったはすだ。なのにあいつはそれを、捨てた」
「ディアス兄ちゃんはそんなに冒険者になりたかったのかな」
「さあな。そうなんじゃないか」
ディルクは興味なさげに言って。
「一度訊いてみた事があるが、あいつは『自分が前を向くために必要だった。』としか答えなかった。その言葉の意味を俺達には理解できなかったがな」




