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「ディアスの過去を詳しく知ってる人が必要ってことか。魔人堕ちになる以前の」
エミリアが言った。
「それよりあとは分かるわけ?」
クレトが言うとエミリアはうなずいて。
「魔人堕ちしたあとは常にアムドゥスが一緒だった。魔人堕ちしてからのディアスの事はアムドゥスが誰よりも詳しいよ」
「原初の魔物の一欠片が永久魔宮に飲み込まれてない保証はないけどねぇ」
クレトはそう言うと肩をすくめる。
「まぁ一番の問題である魔結晶の再結晶化の目処が立たないと話にならないよ」
「その事なんだけど」
エミリアはディアスの永久魔宮に目を凝らして。
「永久魔宮化するときに魔宮に魔結晶が飲み込まれちゃうんだよね。それって、魔宮を持たないディアスの場合どうなの?」
「…………なるほどねぇ。その可能性はある」
クレトはエミリアが言わんとして入る事を察するとうなずいて。
口許に手を当てて考える。
「となると肉体の材料とあの魔人堕ちの過去を用意すればいよいよボクの理論の実践ができる。いやでも、あれどうやって近づくわけ」
クレトは激しく逆巻く無数の刃を見て顔をしかめた。
「魔結晶がそのままの形で残ってる可能性があるのはいいけど、あれじゃ普通の永久魔宮と違って踏み入ることもできない」
「ディアスの剣なら」
エミリアは真白ノ刃匣を示した。
「イヒヒ、高ランクの魔封じの剣か。確かにギミックの群体であるあの永久魔宮とは相性がいいかも知れない。でもさすがに四方八方からの刃を全て払うのは無理だよ」
「けけ。この剣のソードアーツなら範囲が広いし、持続時間もある」
「それでも無茶だ。魔人とスライムのボクらじゃソードアーツは使えない。協力してくれる人間がいるとは思えないし、いたとしても1度のソードアーツで魔結晶のもとに辿り着けるとは到底思えない」
「いるよ」
エミリアが大きくうなずいて。
「あたし達に協力してくれて、ソードアーツの連続発動ができる子が」
エミリアはそう言うと、離れ離れになってしまったアーシュの姿を思い浮かべる。
「アーくんならあたし達に協力してくれるのはもちろん、ソードアーツでディアスの魔結晶のとこまで行ける」
「ふーん、あの人間のガキか。ギャザリンの報告だとまだまだソードアーツの連続発動は未完成って話だったと思うけど。……まぁいいや。で、そいつは今どこにいるわけ」
「…………」
クレトが問うが、エミリアは答えない。
「けけけ」
次いで困ったように笑った。
────斬擊が、途絶えた。
ついにその命が尽きて。
連鎖斬擊の剣技の1つの局地。
無限とも思えた連鎖する斬擊の輪。
数十年に及んだ、その鋭い閃きを連ねた檻が消滅した。
その檻に封じ込められていた魔人が──数多いる魔人の筆頭の1人たる【黄鍵の魔王】が、解き放たれる。
消失したその斬擊の中から現れたのは小さな扉。
手のひら大の扉が上下左右前後に浮かび、その中心にはギラギラと瞬く魔結晶が浮かんでいて。
「…………ようやっと、くたばったようじゃのー」
魔結晶から軽い調子の少女の声。
【黄鍵の魔王】は呟くとその肉体を再生させる。
浮かんでいた小さな扉が姿を消した。
次いで魔結晶の上下に両開きの扉が現れる。
奥開きの扉が開かれて。
だが開いたはずのドアは横からは見えない。
そして枠だけになった扉はゆっくりと回りながら下へ、上へ。
昇っていく扉の下からは少女の足。
細いふくらはぎ。
小さな膝。
肉付きのいい太もも。
丸いお尻。
局部。
くびれたウェストが現れた。
降りていく扉の上からは黄色の頭髪。
左右に巻かれた縦ロール。
細く上品な眉。
固く瞑られたまぶた。
筋の通った鼻。
薄桃色の薄い唇。
細い首筋から撫で肩。
うっすらと浮かぶ鎖骨と小さな胸。
そして両腕と腰まである長い縦ロールの先端が現れた。
次いで2つの扉は互いをすり抜けてさらに下へ、上へ。
そこから黄色のフリルのあしらわれた漆黒のドレスが現れ、【黄鍵の魔王】の肢体を包む。
バタン、と扉が音を立てて閉じると、その扉が消えた。
【黄鍵の魔王】──シノカ・ギョクオウが禍々しい赤の双眸を開くと、辺りを見渡す。
そこにはシノカと、肉体の半分を枯れた樹木に飲まれたミイラのような老人の亡骸。
風雨に曝され続けたその姿は、つい先ほどまで生きていたとは到底思えないほどに朽ち果てていた。
「おおう、お主もずいぶん老けたようじゃな」
シノカは大きな縦ロールを揺らしてその老人に振り返って。
「その点シノカは今もピチピチのままなのじゃ。さんざんシノカの肉体を斬り裂いたお主じゃが、最期にこの愛らしい肢体を拝んでから逝っても良かったのじゃぞ」
そう言ってけらけらと笑う。
────その時。
遥か彼方から鋭い風切りの音が連なって。
「第2射、撃ぇ……!」
さらに1陣がシノカに到達するより早く。
続けざまに巨大な砲身から砲弾が放たれた。
「なんとしても時間を稼げ!」
魔王の封印を管理するために駐屯していた冒険者の一団。
そのリーダーである男が叫んだ。
降り注ぐ砲弾の雨。
それに気付いたシノカは迫り来る砲弾へと視線を向けて。
「にひっ」
小さく嗤うのと同時。
シノカは空中に無数の扉を生み出した。
大小様々な扉に砲弾が飲み込まれ、次いでその砲弾が冒険者の一団の頭上へと吐き出される。
冒険者が見上げた先にはシノカの頭上に現れたのと同じ形、大きさ、数の扉達。
対応する扉をくぐった砲弾が冒険者の一団に襲いかかる。




