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9-1

 それは、地上へと姿を現した。

直上にあったギルド本部が丸ごと飲み込まれて。

それは周囲の街を斬り刻み、取り込みながら移動を開始する。


 その領域に入ったあらゆる存在を無へと()す、暴虐なる斬擊の嵐。

展開域0の魔宮──魔人ディアスの生んだ、刃のギミックと刀剣の魔物のみで構成された実体のないダンジョン『千剣魔宮インフェルノ・スパーダ』。

ディアスを取り込んで永久魔宮へと変貌へんぼうしたそれは人類にとっての新たな災厄さいやくそのものだった。


「あれが……ディアス…………」


 高台からギルド本部を見下ろしていたエミリアが呟いた。


「でも────」


 エミリアは目の前の光景を前に疑問を口にせずにはいられない。


「なんで、移動・・してるの?」


 永久魔宮は──そもそも魔宮は発現した場所から移動しない。

その例外である能力をエミリア自身の『在りし緋の咆哮(シャルフリヒター)』は有しているが。

ギルベルト率いる大部隊によって壊滅した複合魔宮も移動していたが。

それでも本来それには相応の能力が必要なはずで。

なのにディアスの『千剣魔宮インフェルノ・スパーダ』にその能力はない。


「あたしの魔宮と違って、ディアスの魔宮に魔宮の移動なんて能力はなかった。だって必要ないから」


あいつ(・・・)は自身を起点に刃のギミックを生む展開域0の魔人堕ち、だったっけ?」


 エミリアの隣。

 永久魔宮と化した『千剣魔宮インフェルノ・スパーダ』を遠目に観察しながらスライムが言って。


「イヒヒヒ、面白い現象だ。おそらく魔宮を持たなかったゆえに、そこに縛るものがないんだよ」


 スライムの姿からは表情を読み取る事はできなかったが、その声は心なしか弾んでいる。


「あれが移動すると思うと心が躍るね。町も都市も、山さえも。あれが通った跡にはきっと何も残らない。そして思いの(ほか)移動が速い。進行方向に逃げてたらボクらも細切れだったよ。イヒヒヒヒ」


 エミリアは永久魔宮の移動速度を確認。

確かにその速度は速かった。

馬を全速力で走らせても逃げきれるかどうか。

少なくとも人の足では絶対に逃げられない。


「そして進行方向もナイスだ。たまたまか…………あるいは観察の必要があるけど自発的にか。あっちには町がある。人間を喰らって成長するのは永久魔宮も同じだ。罠を張って待ち構えるのが普通の永久魔宮なら、あれは自ら補食のために移動している。まだ仮説の段階ですらない、こうであったなら面白いって話だけどねぇ」


「面白いって……それでたくさんの人が死ぬかも知れないんだよ?!」


 エミリアがスライムを睨んだ。


「態度には気を付けなよ」


 スライムの声音が冷めたものへと変わった。


いでその形が変わって。

背丈はエミリアとほぼ同じ。

透明の髪に水色の瞳。

肌は褐色かっしょくに染まったが、四肢の末端にかけて色が消えている。


スライムは逃走の際に一瞬見せた少年の姿になると、エミリアを睨み返す。


「永久魔宮化を元に戻すにはボクの力が必要だ。お前の仲間を取り戻すのも、その仲間の成れの果てが犠牲者を増やさないようにするためにもね」


 スライムは意地悪く笑みを浮かべて。


「お前はボクにへりくだるしかな────」


「ん」


 エミリアはスライムだった少年の言葉を遮って。

振り上げた素足が少年の股間を蹴りあげる。


「────っ!?」


 スライムの少年は反射的に声にならない叫びを上げた。

ぶるぶると身震いする。


 スライムの少年は後ろへと後ずさって。


「……イ、イヒヒ。人の形をかたちどってこそいるけど今のボクの身体はスライムだ。人間の急所は効かないよ」


「けけ、そうなんだ。ひんやりしてたけど感触はけっこうなまっぽかったんだけどな」


 エミリアはそう言うとスライムの少年ににじり寄る。


「それよりお前、どういうつもりだ」


「お前じゃなくてあたしはエミリア。それと君、あたしと同い年くらいでしょ。君みたいな子はすぐ調子のって付け上がるから、甘やかさないようにしてるの」


「ふざけるな。確かにボクの外見は幼少の状態で止めてあるけど、200年前からギルドの裏側で暗躍してた魔人だぞ。お前みたいな小娘に子供扱いされるいわれはない」


「魔人?」


 エミリアは呟くとその少年の姿に思い当たって。


「そっか、君あの時の魔人か」


「ようやく気付いたか」


「でも今はスライムなんだよね」


 エミリアはそう言うと跳躍。

少年を蹴り倒し、馬乗りになって。

そしてその手に青のハルバードを召喚した。


「けけ。これでもあたし、けっこう強いよ。少なくともスライムなんかには負けないくらい」


「ボクを脅してるのか? ボクがいなくて困るのはお前のはずだ」


「君が協力してくれないなら仕方ない。君は悪い魔人でしょ? 悪い奴は人間でも魔人でも野放しになんてしない。例え今その身体がスライムでも」


 冷たく燃える赤の双眸そうぼうが少年を見据えて。


「あたしに協力して今後2度と悪さをしないって約束するなら殺さないであげる。できないなら今ここで君を、殺す」

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