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8-22

 通路には書庫の魔人を襲撃に来て返り討ちにあった冒険者の武具や装備一式が散乱していて。

そのむくろの成れの果てである黒いちりが小さな山を作っていた。

壁には銀色の小さなキューブがいくつも埋め込まれ、その中にはスライム系最上位種の一体──『支配の冠(リームス・ケレブル)』が収納されている。


 ディアス達は散乱した装備を避けて先へと進んだ。

冒険者の装備一式が幻覚のスペルアーツによって、あたかも人がそこにいるかのように彼らにはえている。


「あの先よ」


 先頭を歩くキャサリンが言った。

その視線の先には両開きの木製の扉がある。


「けけけ、長かったね」


 そう言って後ろを振り返るエミリア。


「ええ、長かったわ」


 正面を向いたままキャサリンが呟いた。

その表情はディアス達からは見えない。


「本当に……長かったわ」


 ただその言葉を噛み締めるように繰り返した。

頬に手を添え、いでその手を滑らせて。

指先で自身の厚い唇をなぞる。

その目は────。

その口許くちもとには────。


 後ろを歩くディアス達からはうかがい知る事はできなかったが、そこにはキャサリンという名の裏にひた隠しにしていたの本当の表情かおにじんでいた。


 そしてディアス達はキャサリンに先導されるままに扉をくぐった。

彼らの目に映るのは広々とした広大な書庫。

鮮やかな赤い絨毯じゅうたんき詰められ、大きな天窓からは暖かな陽光が降り注ぐ。

綺麗に掃除された本棚には埃1つなく、そこにぎっしりと並べられた書物の背表紙はどれも新品のようなつやがあった。


 その背後で出入口を本棚が音もなく閉ざしたのをディアス達は気付かない。

本当は日の光など差し込まず、埃にまみれた本棚が立ち並んでいることも、そこに乱雑に詰め込まれた本と本の間から妖しげな光が漏れ出ている事にも気付いていない。


「『隷属魔象(スレイヴ)』────」


 その時。

どこからともなく少年の声。


「ディアス」


 その声がスペルアーツを唱え、いでディアスの名前を口にする。


「『隷属魔象(スレイヴ)』、エミリア」


 続け様にその声はスペルアーツと共にエミリアの名を唱えた。


 魔力をびて放たれたこと

それはディアスとエミリアの鼓膜を揺さぶり、音という事象から音節という認識へ。

そして音節は脳内で像を結び、記憶の中へと伝播でんぱする。


 それは膨大な情報。

それは膨大な情報を圧縮した記号。

それは折り重なる記号によって形作られた質量を伴わない魔物。


 音節が言葉へと変換された時点でそれを拒む術はない。

ディアスとエミリアは主への絶対隷属(れいぞく)す『隷属魔象(スレイヴ)』という魔物におかされた。


「なんだ? これは」


 ディアスが困惑の表情で呟いた。


「なに、これ」


 エミリアも自身を襲ったそれに違和感を覚える。


 それは意味と正しい音節が組み合わさって初めて人に巣食う、一般的なスペルアーツとは異なるもの。

意味を理解する者が正しい音節をもって使役し、対象に巣食わせるスペルアーツ。

そしてそれはスペルアーツの生みの親である1人の魔人が独占していた。

ディアスとエミリアにはその存在も、その効力も知るよしはない。


「アムドゥス」


 ディアスの呼び掛けにこたえ、アムドゥスがその眼を開いた。

エミリアの胸元に現れた大きな眼球。

その虹彩こうさいに虹色の幾何学模様が走る。


 いでアムドゥスは目をしばたたかせた。


「どういう事だぁ? こいつは……幻覚のスペルアーツか?」


 真っ先にアムドゥスの目に映ったのはスペルアーツによるまやかしの景色。

それが紛い物であることを即座に看破したが、その偽物の景色が読み取りたい情報を覆い隠している。


 「幻覚?」


 ディアスが素早く視線を切って。

いで剣を抜くとキャサリンに切っ先を向けた。


「やーねぇ。何の真似まねかしら?」


 キャサリンがディアスに目も向けずに言った。

その顔は無表情で、視界の隅でおぼろげに剣を向けるディアスを捉えている。


「俺やエミリアはおそらく何らかの攻撃を受けた。名前によって対象をとる能力。だが名前を呼ばれたのは俺とエミリアだけ。そしてここに俺達を連れてきたのはお前だ」


 キャサリンに反応はない。


「ほら、来たわよ」


 キャサリンはディアスには目も向けずに言った。


「私のお師匠様もとい、私のご主人様が」


 キャサリンが視線を向けるその先。

その視線を追ってディアスとエミリアが目を向けると、そこには小さな少年の姿があった。

少年は開かれた本を片手に持ちながら向かってくる。


 同時にディアス達の視界に重ねて投影されていた幻覚が崩れていった。

視界に点々と朱い染みが浮かぶと、染みが輪を描いて拡がって。

いで染みの中心部分から黒く変色し、焼け焦げるようにして本来の景色が現れていく。


「イヒヒ、ボクの下僕げぼくになった気分はどう?」


 未だ焼け落ちるように消えていく幻覚とあらわになる本来の景色の中で少年がたずねた。

無造作に跳ねた青緑色の髪をした褐色の肌の少年。

彼の金縁きんぶちの丸眼鏡の先に覗く赤く光る瞳を見てディアスとエミリアが身構える。


「無駄だよ。もう君達はボクに逆らえないんだ」


 魔人の少年は見下みくだすような目でディアスとエミリアを見て。


「ひれ伏せ」


 少年の言葉と共にガクンと揺れる視界。

気付けばディアスとエミリアは両手を床につき、こうべを垂れていた。

本人の意思に反して、その体は言うことをきかない。

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