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8-21

 『魔象強化(オーバーラップ)』による強化を重ねた『光弾魔象(バレッド)』。

それが宿屋周辺に大量に設置され、それが同時に発動して。

その膨大な光は周囲の人間全ての視界に白く焼き付いた。


 シオンもその閃光に目を焼かれて。

だがすかさず両手に握る剣を左右に大きく振るった。

その斬擊が幾重にも連なり、触れたものを斬り裂く刃の壁となる。


 防御と罠を兼ねた斬擊の壁の裏で、シオンは獲物がかかるのを待った。

レベッカとアーシュはシオンの背後。

この隙をついてアーシュを助けるためにディアス達が向かってくるはずだと予想する。


「…………」


 だが一向に罠にかかる気配がない。

白く焼き付いたその視界も、おぼろげながら物の輪郭りんかくを捉えられるまでに回復した。

視線を左右に素早く走らせ、ディアス達の姿を探す。


「ふーん」


 シオンは呟くと斬擊の壁を消した。

気だるげな眼差しで彼方かなたに目を向けて。


「逃げた、か。まぁシオンも同じ状況ならそうする」


 いでシオンは双剣の剣身けんしんの状態を確認すると鞘に納める。


 シオンはそのままレベッカのもとへ。

上着が肩からずり落ちていたが彼は気にしない。

青い上着の大きな袖をりながら歩いていく。


「シオンさん、白の勇者達は?」


 レベッカがいた。

そのかたわらにはアーシュが横たわり、今も傷口から鮮血が流れ出ている。


 シオンはアーシュを一瞥いちべつすると答える。


「その子供を置いて逃げた」







 ディアス達は林の中に身を潜めながらギルド本部へと向かっていた。

先頭をディアス、その横にキャサリン、後ろにエミリアと続いて。

アムドゥスはエミリアにまとって黒のワンピースを形作り、大きな瞳がぎょろぎょろと周囲に視線を走らせている。


 シオンとの戦闘からすでに10日経っていた。


 エミリアは時折後ろを肩越しに振り返り、同時にどこかそわそわとした様子。

ディアスはその表情を曇らせていて。

その2人の様子をアムドゥスは見上げるが無言のまま。

キャサリンは頬に手を添えながらうつむきがちに歩を進める。


 そして林の終わりに差し掛かり、その先には街道がまっすぐに伸びていた。


「この辺まで来れば大丈夫じゃないかしら」


 キャサリンが言った。

周囲をぐるりと見渡して他に人影がないのを確認すると、街道にぴょんと飛び出す。


 ディアスも街道に出た。

エミリアがその後ろに続く。


 キャサリンは振り返るとエミリアの胸元に覗くアムドゥスの大きな眼を見て。


「んー、アムドゥスちゃんはそのお目々(めめ)閉じた方が良くないかしら。ちょっと目立ち過ぎるわよ」


 アムドゥスはその瞳を右へ左へ。

上へ下へ。

ぎょろぎょろと弾むように視線を動かした。


「ケケケ、俺様の瞳はチャーミングだぜぇ? 装飾性も抜群よ」


 握り拳よりも大きい、つぶらな瞳がパチパチとまばたきをする。


 ぎょろぎょろ。

パチパチ。

ぎょろぎょろ。

パチパチ。


 そんなアムドゥスの眼を見下ろすエミリア。


 ぎょろぎょろ。

パチパチ。

ぎょろぎょろ。

パチパチ。


 アムドゥスはなおも主張するようにその瞳を動かして。


 ぎょろぎょろ。

パチパ────


「えい」


「ぎゃぁぁあぁあああ!?」


 エミリアの指先がアムドゥスの瞳を突き、アムドゥスが絶叫した。


「じょ、嬢ちゃん?!」


「けけけ。ごめんアムドゥス、我慢できなかった」


 困惑するアムドゥスに、エミリアがちろっと舌を出す。


「最近嬢ちゃんがそわそわしてたのは、まさかそれかぁ?!」


「けけけ」


 悪戯いたずらっぽくエミリアが笑った。


 アムドゥスは大きく目をいて。


「笑い事じゃ────」


「どれどれ」


「ぎゃぁぁあぁあああ!?」


 ディアスがアムドゥスの目をつつくと、再びアムドゥスが絶叫する。


「ブラザー?! お前さんの指先刃物だろ。冗談になってねぇ!」


「ついな」


「つい、じゃねぇ。っておい、キャサリン」


 アムドゥスがギロリと視線を切って。

その瞳はアムドゥスに伸びるごつごつとした太い指を睨んだ。


「やーねぇ」


 キャサリンはさっと指を引っ込めて。


「仲間はずれは良くない、わ!」


 いでその指を勢いよく繰り出す。


 咄嗟とっさに瞳を閉じるアムドゥス。

眼球の膨らみが一瞬でしぼみ、まぶたの裂け目が消えて。

キャサリンの指がエミリアの胸を突くと、エミリアの肩の辺りに再び眼が現れる。


「ケケケ、やられてたまるか」


「ならふざけてないでその目を閉じろ」


「ケっ。あいよ、ブラザー」


 アムドゥスは不服そうに答えるとその眼を消した。

その姿は完全に黒のワンピースとなる。


「あとはここをまっすぐ行けばギルド本部だ」


 ディアスが街道へと目を向けて言った。

そこは幾度となく冒険者ディアスが通った道。

その脳裏には少年だった頃の自分と少し距離を離して歩くディルクやリーシェ達パーティーの面々の姿がよぎる。


「アーくん、大丈夫かな」


 エミリアがぽつりと呟いた。


「ケケケ、嬢ちゃんは心配性だなぁ。だがあん時の状況的にクソガキを置いてくんのはベターだった。冒険者に保護されりゃ傷の治療も受けれるし、療養もできる」


 アムドゥスが言うとキャサリンがうなずいて。


「現にああやって襲撃された時にアーシュガルドちゃんを守れなかったし、かといってディアスちゃんの状態は予断を許さないわ。治せるって決まったわけではないけど、可能性がある以上優先すべきよ」


「ブラザーは魔物や魔人相手なら魔力を回復しながら戦えるが、人間相手だと消耗の方が大きくなっちまうからなぁ」


「今後も他の勇者を筆頭とした冒険者を相手をする事があると考えると、改善できるならそれに越したことはない」


 ディアスがうなずく。


 ディアス達はそのまま街道を進んだ。

さらに数日をかけ、ギルド本部とその周囲の巨大な街が見えてくる。


 ディアスは周囲に視線を走らせるが、見える位置にディアス達以外の人影はない。


「ずいぶん人気ひとけがないな」


 ディアスは周囲の様子をいぶかしんで。


「本来なら冒険者や旅人の往来が絶えないはずなんたが」







「────イヒヒヒヒ。そりゃあ、ボクのスペルアーツで大勢の人間が死んだからねぇ」


 薄暗い書庫の魔宮の中心で魔人が笑った。

翡翠のような青緑色の髪をした褐色の少年。

金縁の丸眼鏡越しに覗く赤の瞳を細く歪めて。

彼はスペルアーツによってディアス達の様子を覗き見ている。


「原初の魔物の一欠片はその眼を閉じている。イヒヒ。複合魔宮攻略の時の話から幻覚系の能力が通じるのは分かってた。だからどうやってバレずにスペルアーツをかけようか考えてたけど、必要なかったみたいだね」


 書庫の魔人はスペルアーツで配下に指令を飛ばした。

彼だけが使えるスペルアーツ『隷属魔象スレイヴ』。

その能力は主への絶対服従と、衝動のような命令の伝達がある。

複雑な命令を行う事はできないが、簡易な命令──『連絡をよこせ』、『スペルアーツを発動しろ』といった行動を言葉を交わす事なく強制させる。


 命令を受け、街道から見えない位置に潜んでいたその配下達がスペルアーツを同時に発動。

ディアス達の視界にスペルアーツによる幻覚が重ねて投影されて。

いないはずの旅人や冒険者の姿がぽつりぽつりと浮かび上がり、ディアス達が街に踏み入る頃には大勢の人々の姿が映し出されていた。

その喧騒けんそうまでもが再現される。


「ようやくだ。ようやくボクの計画が大きく前進する」


 書庫の魔人は積み重ねた本を椅子代わりに腰かけ、足を交互にブラブラとさせて。

その姿は見た目相応の、楽しみで待ちきれない子供のようだった。

だがその赤く光る瞳は残忍さと深い闇をはらんでいる。


 さらに書庫の魔人が待ちわびていると、キャサリンの案内でついにディアス達は書庫の魔宮へと通じる長い廊下へとたどり着いた。

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