8-20
シオンは砥剣をぽいと投げ捨てた。
代わりに咥えていた剣を手に取って。
両手の剣を低い位置で交差させて構える。
わずかな動作で斬擊を生み、それを連鎖、あるいは複製するシオン。
2対の赤の双眸がその挙動に最新の注意を向けて。
そしてその研ぎ澄まされた五感が捉えたのは風切りの音。
だがそれはシオンからではなく、ディアスとエミリアの背後からで。
それは次々と飛来する弓矢。
緩やかな弧を描き、その鋭い切っ先が空を切って迫る。
ディアスは背から『千剣魔宮』の刃を連ねるとそれらを斬り払った。
斬り払われた矢がバラバラと崩れ落ちて。
同時に2人から大きく狙いの逸れた矢が周囲に突き刺さる。
「あそこだ!」
「包囲しろ!」
「絶対に逃がすな!!」
見れば町の衛兵達が周囲を取り囲んでいた。
「スペルアーツ────」
そして衛兵達の後方から。
冒険者の少女が杖を掲げ、スペルアーツを発動した。
矢継ぎ早に詠唱を連ねる少女。
その隣に立っていた女冒険者は次々とバフを付与され、全身に鮮やかな光を明滅させる。
その女が前へと躍り出て。
「『その剣閃、稲光を放ちて』……!」
ひるがえる長い髪。
放たれる抜剣斬擊の上位剣技。
彼女の握る剣が腰に下げた鞘から抜き放たれると、それは夜闇を裂く一条の閃光となる。
ディアスはその剣閃を捉えると同時に『千剣魔宮』の刃を重ねて盾に。
だが放たれた剣技がその刃の盾へと衝突する間際。
轟音と共に放たれた弾丸が展開した刀剣を穿った。
衝撃と共に、波紋を描くように飛散する刃。
次いで無防備になったディアスの背へと雷光のような剣閃が疾る。
すかさず刃を再形成するディアス。
生み出された刀剣の切っ先によって『その剣閃、稲光を放ちて』の直撃は免れて。
それでも背中にダメージを負い、その身体を構成する自食の刃が剥がれ落ちる。
「次弾いくよーん」
遠距離からディアスを見据える冒険者が呟いた。
火筒に魔物の甲殻から形成した弾丸と魔宮生成物である爆薬を込め、その細長い箱のような得物を構える。
撃鉄も引き金もないそれは、高い爆発力を弾丸の一点に集中して射出させるためだけのもの。
「スペルアーツ────」
冒険者は狙いを定め、再びその凶弾を放つ。
「『爆発魔象』」
銃身の中でスペルアーツが炸裂。
その爆発が爆薬を点火させ、轟音と共に弾丸を吐き出した。
空気を歪め、唸りを上げて。
その弾丸がエミリアの肩に命中する。
エミリアに纏っていたアムドゥスが弾丸を受けて弾けた。
エミリアの肩から腰にかけてその身体が破れ、ぼろ布のようにたなびく。
「ああん? なんだ今のは?」
破れた身体を繕い直し、アムドゥスが言った。
「火筒。携帯可能な大きさに縮小された大砲みたいなものだ」
ディアスが答えて。
「もっとも俺が冒険者をやっていた頃は対人用で威力も低いし、特注品で一般の冒険者が手にできる代物でもなかった。魔人飼いによって素材の安定供給が可能になったんだろう。俺が知ってるものより威力も遥かに高い」
「どうする? ディアス。どんどん集まってきてる」
エミリアが訊ねた。
周囲を取り囲む冒険者の数は今も増えつつある。
周囲にもより警戒を向けたディアスとエミリア。
十全に向けられていた意識の一部が分散したのを察し、シオンも動いた。
ディアスとエミリアの視界から消え去るシオン。
その姿を探そうと2人が視線を走らせるより早く、無数の斬擊が2人を襲う。
その刃はディアスとエミリアの胸をなぞるように閃いた。
その軌跡に連なる残像が質量を持って次々と襲い掛かる。
「『千剣魔宮』……!」
ディアスは斬擊を受けた箇所から幾重にも刃を生み出し、その斬擊を相殺した。
だがエミリアは受けた斬擊を払う術がない。
その小柄な体を包むアムドゥスが引き裂かれ、その下の肌を削っていく。
「…………っ!」
顔を歪めるエミリア。
「アムドゥス!」
「ケケ、分かってるぜぇ! 『黒き翼、宵闇を招く』!」
ディアスの呼び掛けに応え、アムドゥスは自身が形成する黒のワンピースから巨大な翼を形作った。
その翼が斬擊を払うように振るわれ、尾を引いた深い闇が斬擊を飲み込んで。
次いでその闇がシオンへと迫る。
「へー」
シオンは半眼でアムドゥスの生んだ闇を見ると加速。
再び2人の目では追いきれないほどの速度で体をよじりなら前へ。
アムドゥスの振るう闇の下を掻い潜り、すれ違い様に剣を振り抜く。
トン、と靴音。
ゆったりとした動作でその勢いを殺すシオン。
ウェーブがかった髪と上着の大きな青い袖が揺れて。
同時に瞬くような斬擊。
さらには周囲からも次々と攻撃が飛んでくる。
「くそ」
ディアスはおびただしい数の刀剣蟲を生むと周囲を縦横無尽に飛翔させた。
刃のカーテンの死角でアーシュのもとに向かおうと。
「ほら、隙だらけ」
だがシオンの斬擊がディアスを阻む。
エミリアはシオンへと青のハルバードを振るった。
体を捻り、重心を移動させてその斧刃に力を乗せる。
「かわすのは容易い」
シオンは呟きながら双剣を構えた。
両手に握る剣を交差させるように振り上げて。
「────だが、シオンがかわすまでもない」
次いで耳をつんざくような甲高い音。
弾けるような数多の剣閃。
数えきれないほどの斬擊が一瞬のうちに生まれ、エミリアの攻撃を弾く。
さらに刀剣蟲の群れを貫いて弾丸が襲ってきた。
魔物の群れの先から、その瞳の赤の光を頼りに次々と攻撃が放たれる。
「こりゃ結構マズいぜぇ? 周りの奴らをまとめてぶち殺せば楽になんのによぉ」
アムドゥスが呟いた。
だがディアスもエミリアもそれをしない事をアムドゥスは分かっている。
防戦一方のディアス達。
その間にも衛兵や冒険者からの攻撃が、瓦礫にもたれているアーシュの脇を何度も掠めた。
「このままじゃアーくんが!」
エミリアはアーシュに向かって駆け出した。
だがシオンの斬擊がその行く手を遮る。
シオンはアーシュの前に陣取った。
ディアスとエミリアを牽制しつつ、確実にその体力を削る。
「…………うっ」
レベッカはうめき声を漏らすと、こめかみを強く押さえたまま歩き出した。
体を低く屈めたまま、アーシュの上着を掴むとそのままズルズルと引きずって。
流れ弾や攻撃にアーシュが巻き込まれないよう離れた位置へと向かう。
その様子をシオンは肩越しに睨んだ。
だが肩を落とすとディアスとエミリアに視線を戻す。
「シオンはめんどくさいのは嫌いだ。いい加減、おとなしく死ね」
「やーねぇ」
その時。
野太い裏声が響いてきて。
「嫌い、嫌い、嫌いって嫌いなものばっかじゃないのよ。じゃあ、これも嫌いかしら?」
その声の主は長い三つ編みを左右に垂らし、投げキッスを投げるのと同時に言う。
「『魔象点火』」
周囲に仕掛けられていたスペルアーツがその一声を以て起動。
それは膨大な光を放出した。
周囲を照らし、あらゆるものを飲み込んで。
空までも白い閃光で染め上げる。




