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その斬擊の軌跡に浮かぶ刃の残像。
重複して連なったその様は扇のようで。
次いでその残像が一斉に動き出し、それは剣と同等の質量、同等の威力、同じ効果を伴った。
シオンはその一振りで、エミリアに無数の斬擊を叩き込む。
自己強化型の魔人堕ちであるエミリアは少女の見た目とは裏腹に高い防御力を持つが、その防御も連なる斬擊が30を超えた辺りで破られた。
なおも止むことのない斬擊の連鎖が皮膚を穿ち、筋肉を断ち、臓物を裂く。
おびただしい量の真っ赤な飛沫が飛び散り、同時にエミリアは激しく吐血した。
思わず傷を押さえようと手を伸ばして。
だがその腕には未だに複製と消失を繰り返す斬擊が絡み付き、さらに傷を抉ってしまう。
エミリアはあまりの痛みに涙がこぼれ、その視界がぼやける。
そして着地と同時にバランスを崩すエミリア。
したたかに尻を打ち、仰向けに倒れた。
すぐさま慌てて飛び起き、後方へと跳躍して距離をとる。
涙に潤む瞳でシオンを睨むと、そこに灯る赤の輝きが燃え上がって。
「顕現して、あたしの『在りし緋の咆哮』!」
エミリアは魔宮を展開。
魔宮の展開にレベッカは体をこわばらせた。
シオンの腕にしがみついたまま、後ろに後ずさる。
だが異変があった。
エミリアはすぐにその異変に気付く。
「……魔宮が、展開できない?」
魔宮の展開が不発に終わると、シオンは嘲笑うようにエミリアを見て。
「シオンはめんどくさいのは嫌いだ。だから町で戦うのを選んだ」
シオンはそう言うと剣の柄でレベッカを殴った。
ゴッ、と鈍い音。
「痛っ」
レベッカはこめかみを強打され、シオンの腕から引き剥がされる。
「いい加減離れろ。そして仕事をしろ」
シオンは双剣の刃をレベッカに突きつけた。
見ればその刃はみるみる劣化し、ついには刃こぼれが現れて。
だがレベッカはこめかみを押さえてうずくまったまま動かない。
「……」
シオンは僅かな間をあけて舌打ちを漏らした。
するとエミリアを襲う斬擊が消え去る。
「嬢ちゃんの魔宮が不発に終わったなぁ。この町のせいかぁ?」
「ああ。規模の小さい町だから油断したな」
アムドゥスとディアスが、エミリアの魔宮の展開の不発の理由を察した。
すかさずエミリアのフォローのため前へと出るディアス。
アムドゥスはその形を変えるとエミリアの腹部を覆って。
傷を塞ぎ、一時的に損傷した臓器の代わりを務める。
「嬢ちゃん、まだやれるかぁ?」
アムドゥスが訊いた。
「もちろん!」
エミリアは手の甲で涙を拭って。
先ほど弾かれた青のハルバードのもとへと疾走。
その青い柄へと飛び付き、床に突き刺さっていたその得物を勢いのままに引き抜く。
「嬢ちゃん、おそらく魔宮封じの杭がある」
アムドゥスはさらに姿を変え、その身体が帯のようになるとエミリアの肢体を覆った。
自身の身体を編み上げ、真っ黒なワンピースを形作って。
その胸元に斜めに裂け目が走ると、大きな瞳が現れる。
「だがどこに埋まってるかまでは分からねぇ。今の嬢ちゃんは何度も魔宮を展開できるほど魔力の消費が軽くねぇから不発は避けた方がいいぜぇ? ケケケ」
「わかった」
エミリアがアムドゥスに答えた。
得物を構えるディアスとエミリア。
それに対峙するシオンは気だるげで。
だがその冷めた眼差しはディアスとエミリアの一挙一動を注視していた。
ディアスとエミリアがじりじりとシオンに迫る。
「ケケケ、なるほど。『連鎖斬擊』の弱点は得物の耐久の消耗の早さ。あっちの小娘のスキルがなきゃ青の勇者サマと言えども弱点は変わらねぇ。むしろ常軌を逸したその連擊は他の冒険者と比較にならないほど継戦時間を削っちまう」
エミリアの胸元に浮かぶ大きな眼がにやりと弧を描いて。
「こっちも嬢ちゃんの魔宮が使えなくて十全じゃあねぇが、初の勇者狩りができるかもなぁ? ケケケケケ!」
アムドゥスがけたけたと笑う。
「シオンは負けない」
シオンは鉤状の方の剣を鞘に収めた。
うずくまったレベッカのベルトに手を伸ばし、彼女の砥剣を手に取る。
「アムドゥス」
呼び掛けるディアス。
「ケケ。青の勇者サマは一応、研磨のスキルは覚えてるみてぇだなぁ。だが最低ランクだ。あそこまで酷使した剣を使える段階には、ちょっとやそっとじゃ戻せやしねぇぜぇ?」
大きな眼をぎょろりと向けて。
シオンのステータスを読み取ったアムドゥスが答えた。
「…………いや」
ディアスが呟いて。
「あいつは、【青の勇者】だ」
同時にディアスは刀剣蟲の双腕が握る剣を投げ放った。
閃光を纏って加速する刃。
だがそれより速く。
シオンは片刃の剣の刃に砥剣を滑らせた。
その軌跡に無数の残像が並んで。
瞬く間にその刃は研ぎ澄まされ、輝きを取り戻す。
次いで閃く刃。
大きく縦に振り下ろされた剣閃がシオンの正面で複製と消失を繰り返した。
無数の斬擊が瞬き、それは壁となってディアスの放った『その刃、疾風となりて』を阻む。
シオンは研磨した剣の峰を咥えると、鉤状の方の剣を抜いた。
その刃にも砥剣を滑らせると『その刃、連鎖する一振り』を用いて一瞬で研磨を終わらせる。




