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ディアスは再び襲いくる魔物の群れを目で追って。
次いでその前に立つ人影に気付いた。
焦点を合わせると、その纏った甲冑と構える直剣に覚えがある。
直剣の鋼鉄の剣身は無機質に冷たく。
だがその刃先は光を受けると苛烈な紅の光を反射し、見る者の目を刺す。
その剣の斬れ味をディアスは身をもって知っていた。
そしてその剣の斬れ味も然る事ながら、その使い手の技量と速度は常軌を逸している。
「ブラザー!」
「分かってる」
ディアスはアムドゥスに答えると同時に四肢に仕込んだ刀剣蟲によって飛んだ。
甲冑の戦士が追ってこられない空へと逃げ────
だが次の瞬間。
忽然と。
なんの前触れもなく。
戦士の姿が、掻き消える。
ディアスは消えた戦士を探そうと。
だが視線を走らせるより早く。
ディアスは肩を。
そして続け様に全身に衝撃を受けた。
直剣をディアスの肩に深々と突き立て、甲冑の戦士はディアスの側面に着地。
そのままディアスに取り付く。
兜がディアスの顔に迫り、ディアスはそこから覗く瞳と目が合った。
戦士は目を見開き、ディアスを凝視していて。
「…………」
片手で剣を握ったまま。
無言でもう一方の手を差し出して、出せと促す。
「アムドゥス!」
ディアスの呼び掛けにすかさずアムドゥスが応えた。
頭部から伸びる鋭く巨大な角。
眼孔に現れる無数の瞳。
そしてアムドゥスは片翼を肥大化させると振りかぶって。
「『黒き翼、宵闇を招く』!」
叩きつけるように振るわれた大翼。
深い闇を湛えた翼が甲冑の戦士を打ち、その身体が逆巻く闇に呑み込まれる。
「…………」
甲冑の戦士は苦しげに悶えたが、ディアスに突き立てた剣の柄は放さない。
眼前を覆う闇を手で払い除けると、闇を纏ったままの腕でディアスの首を掴む。
闇を押し当てられ、ディアスは身体を構成する自食の刃が崩れていくのを感じた。
小さな刃1つ1つが剥がれ落ち、溶けては消えていく。
「ぐっ…………」
ディアスは苦悶の声を漏らした。
ディアスは戦士の腕を掴み、その腕を振り払おうと。
だが戦士の指はディアスの首をがっしりと掴み、今もなお深く食い込んでいく。
「…………『千剣魔宮』!」
全身から無数の刀剣を生み出すディアス。
アムドゥスはそれを察知して素早く飛び立った。
ディアスに取り付いていた甲冑の戦士は、直下立つ刃をその身に受けて。
その切っ先が肩や胴、喉元を貫く。
赤く染まる『千剣魔宮』の刃。
だが兜の隙間から覗く戦士の瞳の眼光は衰えない。
ディアスの生み出した刀剣を前に、それではないと戦士が頭を振った。
「なんなんだこいつは…………」
ディアスが呟いた。
次いでその身体がガクンと揺れて。
刀剣蟲のコントロールに意識を集中できず、ディアスは空中でバランスを崩す。
そのまま空中できりもみ回転しながら落下するディアスと甲冑の戦士。
空が。
山が。
大地が。
魔宮の大樹が。
ふもとの町並みが。
次々と飛び去るように視界がぐるぐると回る。
その時、一陣の風に乗って強襲する魔物の群れ。
魔物の群れが凄まじい勢いで2人を飲み込んだ。
魔物は2人を引き剥がし、甲冑の戦士を空高く運ぶ。
濁流のようなその流れから逃れたディアスは落下。
アムドゥスはその姿を捉えると巨大化した。
ディアスの身体をその大きな趾で掴むと、そのまま永久魔宮に向かって滑空する。
甲冑の戦士は遠ざかるディアスを凝視していた。
ディアスを目で追ったまま剣を構える。
アムドゥスは永久魔宮の入口に迫ると元の姿へと戻って。
アムドゥスはその入口に滑り込み、ディアスも投げ込まれるような形で入口をくぐる。
エミリアはディアスとアムドゥスが来たのを確認すると青のハルバードを振るった。
支柱を壊し、入口を倒壊させる。
ディアス達が永久魔宮に消えたのを確認して。
「こ、これでひとまず任務達成で………」
魔人の青年がほっと胸を撫で下ろした。
「いや、まだだ」
だが魔人の男は即座に青年の言葉を否定して。
「あの追手を食い止めねぇとな」
「で、でも……」
「あいつは俺の魔物で、か? 見てみろよ」
魔人の男はそう言うと空を指した。
そこから落下する1つの影。
その影はみるみる速度を増し、凄まじい勢いで地面に衝突。
巻き上がる土煙。
次いで切り刻まれた魔物の残骸がパラパラと降り注ぐ。
遥か上空から落下し、地面に叩き付けられた甲冑の戦士。
だが甲冑の戦士は身をよじった。
地面にめり込んだ腕と肩を自由しに、手をついて上体を持ち上げて。
ついには何事もなかったかのように立ち上がる。
戦士は永久魔宮の入口へと顔を向けた。
ディアスを追うため走り出す。
外見はボロボロだったが、その動きにはダメージを感じられない。
「あ、あいつなんなんですか!」
甲冑の戦士を見て、魔人の青年が言った。
「さぁな。だが見慣れない意匠の鎧だ。あと気付いてるか?」
魔人の男が青年に問う。
「な、何にで…………」
「あいつ、ソードアーツはおろか剣技すら使ってないんだよ。おそらくスキルツリーを身体に持っていない」
魔人の男はそう言うと翼竜の背から大樹の枝へと跳んだ。
大樹に手をかざすと枝がよじれて槍を形作る。
「ちょっくら足止めしてくるわ」
「しょ、正気で…………」
「放っておいたら、あいつらに追い付かれちまう。それにあいつらがやられたら計画に支障が出る。だろ?」
魔人の男が訊くと、青年は困ったように顔をしかめた。
男は青年の様子を気にもとめずに。
「それにあいつの正体も予想がついた。知らない意匠に知らない剣術、ここじゃ当たり前のスキルツリーの移植もない。人間じゃなさそうだし────」
「え?」
「面白そうだろ!」
「あ、ちょ……」
疑問を浮かべた魔人の青年を残して。
魔人の男は枝から飛び降りた。
同時に木の葉を模した魔物が風に乗って男のもとへ。
男はその上に乗り、甲冑の戦士に向かっていく。




