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「────おー、おー、うろたえてくれてんねぇ。……主に雑兵の兵士が」
ディアス達が見上げる遥か先。
魔宮の大きな枝の陰でディアス達の様子を盗み見て。
翼竜の魔物の背に立つ男が、にやにやと笑いながら呟いた。
いかつい顔立ちのその男は赤茶色の髪を結わえ、その瞳は赤く発光している。
「あ、あの…………あまり、やり過ぎないでください、ね?」
翼竜の首に跨がった、気弱そうな青年が男を振り返りながら言った。
おどおどとした青年は首をすくめて。
長い前髪の隙間から、赤く発光する瞳が男の様子を窺っている。
「あー、分かってるって。でも言われたから急いで飛ばしてきたのに待ちぼうけ食らったんだぜ? ちったぁ楽しまなきゃ割に合わねぇだろ?」
「あ、あなたは道中ずっと寝て…………」
青年の言葉はか細く、言いたいことを伝えきる前に木の葉のざわめきに飲まれて掻き消えた。
「あんだって?」
「…………こ、これはボスからの依頼……です。楽しむ楽しまないの前に任務の遂行をしなければ」
「だーから、今やってんだろ?」
男は自身の操る、大きな木の葉を模した魔物を顎で指す。
「おめぇは真面目過ぎんだよ。もっと楽しめ。じゃなきゃ人生損だぞ? まぁ人じゃなくて魔人だけどよ」
男はそう言うと笑い声を上げた。
「あ、あなたはもう少し自重してくださ…………。それに、私はあなたのせ、刹那的な快楽のために、命を危険に曝すような生き方は真似できな…………」
「そりゃ無理だ。だってその方が面白ぇからな」
赤茶色の髪を結わえた男は腕を組んで続ける。
「別に真似ろとは言わねぇよ。だがよ。いいか、どんだけ長生きしたって最後に自分の人生振り返って面白かったって言えなきゃそいつの人生はゴミだ。人生は長さじゃねぇ、中身なんだよ」
「め、目の前にやるべきことが、ある」
「おう」
「なのに……それの実行に注力しないで、た、楽しいからって…………」
「分かってねぇなぁ」
男は大袈裟に首を左右に振って。
「嫌な事、面倒な事は黙っててもやってくんだぜ? でも面白れぇ事や楽しい事は黙ってたってやってこねぇだろ。だったら面白れぇ事はねぇか、楽しめる事はねぇかって探して、それを楽しむ努力をする。それで初めて人生面白くなんだよ。仕事はやってるさ。ただ俺なりに楽しんでるだけよ」
男は青年の頭に手を伸ばした。
その頭を力強くわしゃわしゃと撫でると、青年の首が前後左右に揺れ動く。
「さて、そんじゃお手並み拝見だ」
男は次いで青年の肩に腕を回し、肩を組むとディアス達がどう動くのかを注視して。
「頼むぜ? 元勇者様、この程度で死んじまうなよ」
「そ、そうなったら困るからちゃんと…………」
青年のか細い声が途中で途切れた。
青年は男の顔を横目見ていたが、諦めてディアス達へと視線を落とす。
ディアスは迫りくる無数の魔物を睨み、その全身から次々と刀剣蟲を生み出していた。
袖や裾、マントの陰から冷たい輝きを湛える刀剣の魔物が這い出し、鋭い薄羽を展開して飛び立つ。
「どうするの? あの数はさすがに相手にできないわよ」
キャサリンがディアスとエミリア、アムドゥスに訊いた。
エミリアは空からまっすぐ迫ってくる魔物の大群、巨木の魔宮の落下から助けた兵士達、そして巨木の魔宮とその木の根に遮られた先にぽっかりと口を開けている永久魔宮へと視線を移す。
「ディアス、キャシー!」
エミリアの呼び掛けを受け、ディアスとキャサリンはエミリアを見た。
彼女の視線から言わんとしている事を即座に察する。
「キャサリン、バフを。エミリア、アーシュを頼む。俺が時間を稼ぐ」
ディアスは背負っていたアーシュをおろすと、エミリアに任せた。
エミリアはアーシュをおぶるとすぐに永久魔宮の入口に向かって駆け出して。
アムドゥスはエミリアの頭巾からディアスの肩へと移動する。
「スペルアーツ『魔象強化』、『速度強化』、『筋力強化』!」
その間にディアスにバフを付与するキャサリン。
キャサリンはバフの付与を終えるとエミリアのあとを追った。
「お前達も早く逃げろ。巻き込まれるぞ」
ディアスは肩越しに兵士達に言った。
ディアスの身体はスペルアーツのバフを受け、その輪郭を縁取るように赤と青の光が明滅して。
そしてその周囲を旋回する刀剣蟲はなおも数を増やしている。
兵士達は恐る恐る後ずさると、次いで一斉に逃げ出した。
それを確認すると、そばを旋回していた刀剣蟲の柄を手に取るディアス。
すでに魔物は数十メートル先にまで迫っていて。
「どらくらい時間を稼げばいい」
「ケケケ、嬢ちゃんとキャサリンの足なら10秒も稼げばいけるだろうぜぇ」
アムドゥスはディアスの問いに答えると肩をすくめる。
「ソードアーツ────」
ディアスは目前に迫る魔物の群れを見据えながら、両手に握る刀剣蟲の魔力を解き放つ。




