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アーシュをおぶり、フロントへと向かうディアス。
アーシュはディアスの肩に腕を回していたが、その視線は虚ろだった。
その隣をついていくエミリアはしきりにアーシュの様子を気にして。
そしてそのエミリアの頭巾の中にはアムドゥスが身を潜めている。
フロントにたどり着いたディアスとエミリアは視線を左右に走らせた。
だがそこにキャサリンの姿はなくて。
しばらく待ってみるが、一向にキャサリンは現れない。
「キャシー、遅いね」
エミリアがきょろきょろと周囲を見回して言った。
エミリアはキャミソールの上に膝が少し出るくらいの丈のワンピースを重ね、目深に被った大きな頭巾が肩から背中までを覆っていて。
少し大き目のブーツは靴紐の代わりにリボンを使っている。
「様子を見に行くか」
ディアスが言うとエミリアは、うんとうなずく。
その時、どしどしと大きな足音が響いてきた。
「ごめんなさーい。お待たせー」
廊下の先から手を振りながら駆けてくるキャサリン。
左右2つに垂らした三つ編みが跳ね、胸元のざっくりと空いたドレスをひるがえして。
筋肉だけで構成されたバストが腕を振る度に弛緩と膨張を繰り返して左右交互に揺れる。
「ごめんなさいね。待たせちゃって」
キャサリンが言った。
その背には中身がほとんど空になったバッグと杖を背負っている。
「ううん。おはよう、キャシー」
「おはよ、エミリー。ディアスちゃんとアーシュガルドちゃんもおはよー」
エミリアが声をかけると、キャサリンが答えた。
ディアスとアーシュにも挨拶し、姿の見えないアムドゥスにも挨拶代わりにウィンクをする。
「おえっ」
アムドゥスがエミリアの耳許で小さくえずいた。
「ちょっとー、今誰かおえって言わなか────おえっ」
なぜかキャサリンも吐き気を覚えて口許を押さえる。
「キャシー、大丈夫?」
エミリアはキャサリンに駆け寄ると、その背中をさすった。
「自分で気持ち悪くなってるんじゃねぇかぁ、ケケケケ」
呟きながら笑うアムドゥス。
「ええ、大丈夫よ」
キャサリンは心配するエミリアに笑顔で答えて。
次いで小さく呟く。
「……やっぱりすぐ走るもんじゃないわねぇ」
キャサリンは一息つくとハッとして。
「あ、あと自分で気持ち悪くなったわけじゃないのよ!」
アムドゥスの声はキャサリンには届いていなかったが、予防線としてそれを否定した。
「けけ、食糧いつの間にかそんなに減ってたんだね」
エミリアはほとんど空になったバッグを見て首をかしげる。
「ごめんなさいね。この町に着いてからも結構つまんでたのよ。げぷっ」
キャサリンはエミリアに答えるとげっぷを漏らした。
「さて! 待たせた私が言うのもなんだけど、じゃあ行きましょうか」
キャサリンが言うとディアスとエミリアがうなずく。
ディアス達は宿屋をあとにした。
砂利を敷き詰めた通りを進み、木造の町並みを横目見ながら目的の店へ。
そこで食糧の調達を済ませると、来た道を戻って山道へと歩みを進める。
立ち並んでいた家屋は徐々にまばらになり、永久魔宮の関所が見えてきた。
大きな柵に囲まれた山肌の側面に魔宮の入口が口を開けている。
「冒険者か?」
ディアス達が関所に差し掛かると、兵士の一人が訊ねた。
「ああ。だが今回は魔宮を通るつもりはない。山道の方を使わせてもらう」
兵士の問いに答えるディアス。
そのあといくつか言葉を交わして。
ディアス達は関所の横を通りすぎ、そのまま山道へと向かう。
ふとディアスが空を見上げれは真っ青な空には雲1つなかった。
ディアスは太陽の眩しさに思わず目を細める。
エミリアはディアスの視線を追って空を見上げて。
「けけ、天気が良くて良かったね」
エミリアはぽかぽかとした陽気と草原を撫でるそよ風を心地よく感じていた。
彼女のワンピースの裾にあしらわれた控えめなフリルがふわふわと踊る。
ディアスとエミリアに続き、キャサリンも空を見上げて。
「そうね。ただ私は日焼けが心配だわー。天気がいいにこしたことはもちろんないけど、しばらく旅が続いててお肌のケアがおろそかになってるのよ」
キャサリンはそっと自分の頬撫でた。
頬から顎へと手を滑らせる。
「ほら、やっぱり荒れてきてる。ジョリジョリいってるもの」
「髭じゃないのか」
ディアスが言った。
「やーねぇ、ディアスちゃん。可憐な乙女にジョリジョリ剛毛の髭なんて生えませんー。それに朝ちゃんと剃ったわよ」
「いや、生えてんじゃねぇかぁ。ケケケケケ」
アムドゥスがエミリアの頭巾の中で笑い声を上げた。
「けけけ」
エミリアもアムドゥスと一緒に小さく笑う。
談笑しながら山道の入口へと向かうディアス達。
だが眩しかった陽射しが突如遮られて。
「あら、もう天気変わったの? 山の天気は変わりやすいって本当ね」
キャサリンが呟きながら再度、空を見上げた。
ディアスとエミリアも再び空に視線を向ける。
そこにはディアス達の頭上を覆う真っ黒な影。
「────!」
その影はみるみる大きくなって。
すぐにそれが急降下してくる巨大な樹木である事にディアス達は気づいた。
だがその大きさも然る事ながら、そもそも何の変哲もない木が突然空に出現するはずもない。
「アムドゥス!」
「あいよ、ブラザー」
ディアスの呼び掛けにアムドゥスは応えた。
エミリアの頭巾から顔を覗かせ、額にある瞳に7色の光を走らせて。
「ケケケ、『創始者の匣庭』による観測を完了。案の定あれは魔宮だ。魔人の襲撃だぜぇ、ケケケケケ!」




