■-3
古紙と埃の臭いに満たされた薄暗い空間。
周囲を埋め尽くす本棚に所狭しと詰め込まれた本と本の間から漏れる仄かな光に照らされて。
彼はその僅かな灯りの下で作業を進めていた。
分厚い本の白紙のページに指先を走らせると、その指先がなぞったところに光る文字が浮かび上がる。
「…………」
無言のまま黙々と光の文字を刻んでいく褐色の肌の少年。
青緑色の髪が無造作に跳ね、大きな丸眼鏡の先には赤く発光する瞳が覗いていた。
その瞳が時折横目見るのは大小2つの人影が沈む水槽。
そこに沈む柔らかな笑みを見ると彼の顔もほころんで。
だがその隣に揺蕩うあどけない顔を見ると、彼の瞳に妬ましさと羨望とが入り混じる。
そのとき、彼の眉がぴくりと動いた。
書庫の魔宮へと通じる通路に冒険者がなだれ込んできたのを、設置していたスペルアーツで察知して。
魔人の少年は怪訝そうに振り返ると、呆れ顔でイヒヒと笑う。
「このタイミングで来るのはどの勢力だろうね。議会の連中か、ギルベルトか」
少年は呟くとすぐさま頭を振って。
「いや、ギルベルトはないか。あいつは複合魔宮の攻略に発ったはずだ。となると議会かな。魔人と議会の繋がりを快く思わない外部の連中の線もあるけど」
少年は書きかけの本を片手でパタンと閉じて。
椅子代わりにしていた積み上げた本から飛び降りた。
書きかけの本を本棚に押し込む。
「どちらにしろボクに歯向かおうなんてよほどの馬鹿なんだろうね。まったく、ボクは研究で忙しいってのにさぁ」
魔人の少年が手をかざすと、どこからともなく一冊の本が暗闇から飛んできた。
少年はその本を開く。
「『解錠魔象』」
少年は通路に打ち込んでいたスペルアーツの楔を起動した。
通路に埋め込まれていたいくつもの小さな銀色のキューブ。
それがカシャリと乾いた音を響かせ、上下左右に開く。
凄まじい圧力から解放されて。
そこから吹き出たのは半透明の粘りけを帯びた塊。
その塊は蠢きながら形を形成すると、宙へと浮かんだ。
わっか状に連なった身体の上部には小さな突起が連なり、その先端は黄金色に染まっていて。
大きさも形も王冠を思わせるそのスライムは、表面を波打たせながらゆったりと上下に揺れる。
冒険者達の前に現れたのは、スライムの自己増殖と密度による進化の性質を利用して人為的に生み出された極小の『支配の冠』の群れ。
さらに魔人の少年は別な本へと持ち変えると、魔物に仕込んでいたスペルアーツの楔を発動する。
「『未視誤認』」
発動したスペルアーツは冒険者の最大の武器の1つを奪った。
『支配の冠』が攻勢に出ると、冒険者達は次々と倒れていく。
適切な対応を取れないことに困惑する冒険者達。
彼らは手練れの熟練者揃いであり、それぞれが『支配の冠』との交戦経験も少なくはなかった。
だが今はその対応がわからない。
魔物にはそれぞれ戦闘行動のパターンがあり、それらに決まった傾向があった。
魔物の種別ごとに動作や行動が決まっており、上位になるほどにステータスと行動分岐が複雑になって。
そして追加される器官や装飾、色などにも大まかなルールがあり、熟練の冒険者ほど今までの経験からそれらの情報を無意識のうちに判断して戦っている。
だが『支配の冠』にかけられた『未視誤認』は対峙する相手の認識を阻害。
その効果によって冒険者達は培った経験を引き出せず、後手に回っていた。
それでも冒険者達は刹那的な選択の連続の中で正解を選び、劣勢を徐々に覆し始める。
「…………ここで逃げ帰ったり全滅するんなら目を瞑ってあげようかと思ったけど、そうもいかないみたいだね」
魔人の少年は戦闘の状況を確認すると大きなため息を漏らした。
「これでボクと人間達は完全に敵対だ」
次いで少年はまた本を持ち変える。
「悪いのは約束を違えた人間達だ。こうなった以上はボクも本気でやるよ? 『拡声魔象』」
魔人の少年は広域にスペルアーツを展開。
限界まで拡げられたその範囲は地下深くにある書庫の魔宮から地上にあるギルド本部の一部にまで及んだ。
次いで少年は次の本へと持ち変えて。
「スペルアーツ────」
少年の言葉がスペルアーツ『拡声魔象』の効果範囲内に響き渡る。
魔人の少年の声は気だるげに。
そして無慈悲に。
魔宮へと攻め込んでいた冒険者達はその声を聞いて戦慄した。
声など決して届かないような距離からの、高ランクのソードアーツによる一斉攻撃による殲滅を目的としていた冒険者達。
スペルアーツの楔による罠の警戒こそしていたが、直接その声の──スペルアーツの射程入ってしまうことは想定外。
そして無関係な人々は突然聞こえた少年の声に困惑する暇もなく。
「『死滅魔象』」
たった一言。
その小さな呟き1つ。
ただそれだけで。
数千の命が、虚無へと飲まれた。
命を突然奪われた人々は、瞬く間に黒い塵となって消える。
「これでボクは人間の敵だ。どうせ放っといてくれはくれないんだろ? ならいいさ。ボクはボクの目的を邪魔する奴らを全員殺すだけだ。かかってくるといい」
魔人の少年は冷たい赤の輝きをその瞳に燃やして言う。
「お前らなんか、どうせボクの言葉1つで死ぬんだから」
閲覧ありがとうございます。
次の章では様々な追っ手から逃れながら先を目指すディアス達はついにギルド本部の地下へと辿り着いて。
対峙する書庫の魔人。
ついに明かされる『可愛い可愛いキャサリンちゃん』の正体。
裏切り者がその鉄拳を振るう。
そして絶体絶命の窮地を前に、ついにディアスはその身体を……?
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