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「ほう、聞き覚えのねぇ名だが。そりゃ活躍が楽しみだ」
戦鎚の冒険者は皮肉を口にすると、ギルベルト達に背を向けた。
そのまま歩きだそうと。
「待て、どこへ行く?」
だが恰幅のいい冒険者がそれを引き留める。
「白の勇者を追う。逃がすには惜しい」
「無策で挑むのは危険だ。彼らとは1度ボスとの戦闘で共闘したが、魔宮の展開なしでもかなりの強さだった」
「追うなら今だ。こっちの手の内を探りに来たんだろ? 対策をとられる前に潰しとかなきゃな」
戦鎚使いはその巨大な得物を担ぎ直して。
「それに今を逃すと見つけるのが難しくなるんじゃねぇか?」
「いいえ、その心配はありませんよ」
ギルベルトが言った。
その言葉に怪訝な顔で振り返る戦鎚の冒険者。
「どういう事だ?」
「行き先は分かっています。彼らはギルド本部へと向かう。ルートは迂回したものを選ぶでしょうから道中での発見は困難ですが、私達は先回りして待ち構えていればいい」
「なぜそれが分かる?」
戦鎚使いは『既視演算』でギルベルトの顔色を窺う。
「私のもとに入っていた情報です。元白の勇者ディアスとその仲間がギルド本部へ向かうと」
「その情報の出どころを訊いているのが分からないわけじゃねぇよな?」
戦鎚の冒険者がギルベルトを睨むが、ギルベルトはその言葉を無視して。
「私達と合流したのはおそらく偶然です。最後に白の勇者が確認された場所から本部に続く街道までの間で彼らはキャラバンに加わった。当初の予定ではその街道でキャラバンを離れる予定だったようですし」
戦鎚の冒険者は回答を得られないと分かると小さく息をついた。
「だがお前がいると分かって計画を変えた。【勇者】の称号持ちは奴にとって大きな脅威。冒険者に紛れて情報を得て、あわよくばお前の首を、か」
ギルベルトは戦鎚使いの言葉に頭を振る。
「おそらくですが、当初の予定を外れて複合魔宮の攻略に加わったのには思惑は特にないでしょう。純粋に私達に加勢した。巧妙な口車に乗せられ、私の術についていくつか漏らしてしまったのは事実ですが」
「いえ、ギルベルト様がほとんど自分から喋りましたよね」
呆れたように恰幅のいい冒険者が言った。
「加勢だと? 魔人が冒険者に?」
戦鎚の冒険者が首をひねる。
「ええ。元白の勇者とその仲間は今までも魔宮の攻略を行ってきています。魔人堕ちしてなお、彼らは人間の側に立っている。スカーレットから彼らの話も聞きましたし、今までの情報からもそれは間違いないでしょう」
「だからそいつらが魔人だと知りながら見逃したのか?」
「優先順位の話です。彼の存在は今も敵となれば大きな脅威ですし、それ以上に彼の永久魔宮化は絶対に防がなければならない。ですが今は複合魔宮の対応が急務だと判断しました。彼らの行き先は分かっていましたしね」
「この魔宮の攻略のために冒険者も数が揃ってた。そいつらを犠牲にすれば複合魔宮の攻略も白の勇者も合わせて制圧できたんじゃねぇか」
「────」
ギルベルトは戦鎚使いに答えようと。
だがそれより早く戦鎚使いはある方向へと振り返った。
次いでギルベルトの言葉を馬の嘶きが遮る。
「ギルベルト様!」
男が馬を走らせ、ギルベルトのもとへとやってきて。
「ギルベルト様、魔宮攻略の直後で他の攻略に加わった冒険者も含めてお疲れとは思いますが至急ご帰還ください」
「何がありました?」
狼狽えた様子の男を前に、ギルベルトは穏やかな声音で訊ねる。
「ギルド本部地下にて魔人との戦闘が発生。魔人は広範囲に能力を展開し、その範囲は直上の本部にまで及びました。それに巻き込まれた議員の半数と職員、冒険者のべ数千人以上が死亡。議会は早急にこれの討伐を行うため、ギルベルト様のお力を借りたいと」
男の言葉を聞いて。
ギルベルトは恰幅のいい冒険者と顔を見合わせた。
次いで男の言葉が届いていた周囲の冒険者達にも視線を向けたが、彼らには困惑の色が浮かんでいる。
「詳しい詳細は?」
ギルベルトは片眼鏡の位置を直すと男に訊いた。
「設営されたキャンプにて『鏡』の用意がされております。詳しくはそちらで議会から直接説明がなされます。私は他の冒険者をとりまとめ、帰還の用意を進めますのでギルベルト様は先にそちらへお向かいください」
男は馬を降りると手綱をギルベルトに差し出す。
「分かりました。連絡ご苦労様です」
ギルベルトは男から手綱を受けとると、すぐさま馬に跨がって。
「シアン」
次いでギルベルトが呼んだ。
「私の護衛をお願いできますか? 状況の確認を急ぎたいですが、他の方々は一緒に馬に乗るには大柄だったり得物が重すぎます。走ってついてこいと言うのも酷ですので」
「任せてよ、ギルベルトさん」
答えるとギルベルトの後ろに乗り、彼の腰へと手を回す。
ギルベルトは恰幅のいい冒険者にいくつか指示を与えると、離れた位置に設営されたキャンプへと馬を走らせた。
しばらくするとキャンプにたどり着く。
「シアン、ありがとうございます。君はここで待っていてください」
ギルベルトは簡易な小屋の前にシアンと乗ってきた馬を残し、小屋の中へ。
その小屋の中央には大きな鏡が設置され、ギルベルトは鏡の前へと進んで。
「状況の説明をお願いします」
ギルベルトが鏡へ呼び掛けた。
鏡面に複数の人影を映し出した鏡からしゃがれた声が響いてくる。
「書庫の魔人が反旗をひるがえした。あれは我らとの約定を反故にし、秘匿していたスペルアーツを用いて攻撃を仕掛けてきた。犠牲となった者の数は聞いていると思うが、放っておけばさらなる犠牲が出る」
「誰が彼に攻撃を?」
ギルベルトが鏡越しに映る議会の面々に訊いて。
「今の状況で彼から攻撃に出ることはないはずだ。冒険者側からの攻撃があり、反撃と同時に警告の意図を込めた。約定を反故にしたのは冒険者側のはず」
ギルベルトが言うと、彼らは顔をしかめる。
「よいか。過程は問題ではない」
「現に今、あれがギルドと敵対しているという事が問題なのだ」
「あれの力は強すぎる」
「あれは力をつけすぎた。今日に至るまで、あれは実に役に立ってくれていた。だが同時にいつ爆発するとも知れぬ爆弾を懐に抱えていたようなものだった」
「スペルアーツの提供によって我らはソードアーツに次ぐ魔人に対抗する術を得た。だが同時にやつは我々ギルドの庇護下のもとでそれ以上の力をつけた」
「まんまと利用されたわけだ」
「ギルドが管理していた魔人が暴走し、甚大な被害を出した。これは我らに大きな責任を問う動きが出るだろう」
「魔人飼いの制度に反対する者達や我らの失脚を狙う勢力がこれを好機とばかり我らを糾弾する」
「ギルベルト、そなたの御技で犠牲者達を甦らせることはできぬか? 今率いているパーティーに復活させた冒険者を加えればより磐石な布陣となろう」
鏡越しに議員達からギルベルトへと熱い視線が注がれる。




