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「アムドゥス」
「あいよ、ブラザー」
アムドゥスはディアスに答えると額の瞳に意識を集中させた。
虹彩に虹色の幾何学模様が走ると、アーシュの状態を観察する。
「ケケケ、肉体に異常はねぇなぁ」
アムドゥスはさらにアーシュの身体を観察して。
「……肉体に異常はねぇが、多くが真新しいもんに置き換わってんな。治癒か再生か復元か。ケケ、なんにせよかなりのダメージを受けた形跡が読み取れる。しかも魔物に受けたもんじゃねぇな。傷が刃物で等間隔に細かく刻まれてたり、爪を剥がされた跡もある」
「魔人による拷問を受けたってことかしら」
キャサリンが言うとエミリアは首を左右に振った。
「ううん、冒険者かもしれない。アムドゥス、アーくんの身体に喰われたような跡はある?」
「いいや、クソガキに喰われたような跡はねぇなぁ」
「魔人なら嗜虐にしても、拷問して情報を引き出そうとしたにしても喰うという行為を使うと思うの。もちろん絶対とは言えないけど、でも生きたままに喰われるってのは相手に強い恐怖を与えられるし」
「その考えでいくとアーシュガルドちゃんは魔人の仲間だと疑われて冒険者に拷問を受けたってところね。酷いわ、こんな子供相手に」
口許を手で覆いながら頭を振るキャサリン。
ディアスはアーシュを抱き抱えた。
その硬く冷たい腕は、傷つけぬよう優しくアーシュの背中をさすって。
「アーシュ、間に合わなくてすまなかった。今はゆっくり休んでくれ」
そう言うと、次いである方向へと視線を向ける。
「まずはここを離れよう。複合魔宮は消失したが、まだ魔宮を構成していた魔人全てがやられたわけではないだろう。冒険者は残党を追うはずだ。本当に帝国の生き残りが絡んでたならなおさらな」
「まっすぐギルド本部を目指すの?」
エミリアが訊いた。
「緑の勇者も本部へと戻るはずだ。あっちには馬もあるしこっちより足が速い。鉢合わせは避けたいから少し迂回したルートをとる」
「分かった」
「了解よ」
エミリアとキャサリンがうなずく。
「────彼らはもう言ってしまったようですね」
ギルベルトは集った冒険者達を見回すと呟いた。
「彼ら?」
恰幅のいい冒険者が首をかしげる。
「ええ。複合魔宮の攻略に、あとから加わった一行のことです。元白の勇者とその御一行様ですよ」
「な!? 白の勇者があの中にいたのですか?!」
思わず恰幅のいい冒険者は声をあげた。
すぐさま口許を手で押さえ、周囲に聞こえていないか確認する。
「スカーレットは彼らには会えましたか?」
ギルベルトは穏やかな笑みを浮かべ、傍らに立っていたスカーレットに訊ねた。
「ギルベルト様、気付いていらっしゃったんですね。ええ、1人には会えましたよ。初めて合ったときはパーティーを組めと言われてどうすればいいか分からないくらい弱い男の子でしたけど、見ない間にずいぶん頼もしくなってました」
スカーレットは嬉しそうに笑って。
だが最後に見たアーシュの様子を思い出すと、すぐにその表情が曇る。
「まぁ、アーシュガルドくんも俺もその人に酷い目に合わされたけどね」
そう言って向けられた視線の先。
巨大な戦鎚を担いだ冒険者は肩をすくめて。
「仕方ないだろ。あの状況なら疑われて当然だ。現にあっちのガキは魔人の一味だったわけだろ? お前もあのガキと面識があった。俺の見立ては何も間違っちゃいなかったわけだ」
戦鎚使いは自身の正しさに満足げにうなずいた。
「だが君がシアンとその少年にした事は看過できない」
ギルベルトは珍しく険しい面持ちを浮かべ、戦鎚の冒険者を見る。
「あの環境で魔人やその仲間だと疑ったのがそんなにおかしい事か?」
「君の警戒心の強さは利点だと私も思っている。だがやり方が問題だ。肉体の傷なら私の術で治せるが、心の治療はできない」
「だろうな」
戦鎚の冒険者はスカーレットへと視線を向けて。
「心の治療ができるんならそのガキがイカれちまってるのもとっくに治せてるだろうさ」
スカーレットは深い青色の双眸を細め、戦鎚使いを睨んだ。
「私はイカれてなんかいないわ」
「イカれてるやつは大抵そう言う」
そう言うと鼻で笑う戦鎚の冒険者。
「俺にした仕打ちは許せないけど、それ以上にねえちゃんへの侮辱は聞き捨てならない」
鋭い視線で戦鎚使いを睨みながら、背中の短槍に手を伸ばす。
だが戦鎚の冒険者は意に介さず、ギルベルトに視線を移して。
「ギルベルト、いつまでガキのお守りをするつもりだ? まさかそのイカれたガキをこれからもそばに置くつもりなのか?」
「ええ、そのつもりです」
イカれたという表現に眉をひそめながらも、ギルベルトは問いに迷いなく答えた。
「私は彼女が私達の力になってくれると考えています。彼女は意志は強い。意志の強さは間違いなく力になります」
「気持ちだけじゃ魔人は倒せねぇし、魔宮の攻略なんざできねぇぞ。そいつは所詮は駆け出しの素人だ。実戦経験がある分、知識と技量だけ蓄えたアカデミーの同じ年頃のガキよりは使えるだろうが」
「私はもっと戦えるわ」
スカーレットが言った。
「後ろからボウガン飛ばすだけならいらねぇよ。前に出てもお荷物だ」
戦鎚使いは手をひらひらと振る。
「私の槍をとってくるわ」
「お前の槍?」
「ええ」
スカーレットはうなずいて。
「私と愚弟は2人とも槍使いよ。魔宮の攻略こそ駆け出しだけど、はぐれた魔物の討伐なんかはそこいらの冒険者よりも上手かった。【双槍の赤青】が私達の異名」
そう言って胸を張るスカーレット。
「……うわぁ、ねえちゃんその恥ずかしい自称言っちゃうんだ。ヴァイオレット姉弟より黒歴史なのに」




