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7-41

「…………ヨアヒム。僕の名前はヨアヒムだ」


 ヨアヒムと名乗った少年は笑みを浮かべたままアーシュの左手を握った。

もう一方の手でアーシュの左手から二の腕の中ほどにある切断した時の傷痕までをなぞる。


「君は光に適性があったみたいだ。あの子と同じ。魔力によるけがれを寄せ付けない、浄化の光をその身に宿す資格を持つもの。そして君はあの子以上に大きな価値を持っている」


 ヨアヒムはそう言うとアーシュの胸に手を当てて。


「君の中に芽吹く枯れ落ちた世界樹の枝葉──君達がスキルツリーと呼ぶそれは強く君の身体に結び付いている。世界樹は光を受けて大きく育つ。きっと君なら魔力に毒された世界に再び世界樹を甦らせる事ができる。君はその苗床となるんだ」


 アーシュはヨアヒムの言葉に困惑した。

それに気づいたヨアヒムは小さくかぶりを振る。


「安心してくれていい。選択するのは君自身の意思だ。僕やあの子がそれをいる事はないよ。そして君の選択があの子と相反するものになったとしても、僕は君の味方だ。同時に彼の味方である事をやめるつもりもないけど」


 ヨアヒムはそう言うとふふふと笑った。


「それでも君にはその力を使って魔人と戦ってほしいけどね。人類が世界を魔力でけがしたんだ。人類が魔人と相対するのは宿命であり贖罪しょくざいだと僕は思う」


「よく分からないけど、その力は魔人と戦う事ができるの?」


「もちろん!」


 ヨアヒムは声を弾ませて答えた。


「でも今の君に宿っているのは光の残滓ざんしに過ぎない。だから必要に迫られたなら僕の光を君に貸すよ。僕に身体を委ねてくれればいい。同時にこの力の使い方を身をもって君に教えてあげる」


「ねぇヨアヒム、くん?」


 アーシュがヨアヒムにたずねる。


「さっき見えた光と黒いもやもやはなんだったの? あの、おれの仲間のに似てたけど」


「君達はあの欠片をアムドゥスって呼んでるんだっけ? あれはその本体だよ。正確には本体の半分だ。原初の魔物。始まりの迷宮から生まれ、またそれを形作るモノ」


「やっぱりあれ、アムドゥスなんだ」


「君達の知るそれとは規模が違うけどね。意識も漠然としたものしか持ってない。僕らと同じで小さく切り分けた上で指向性を持たせてようやく意思と呼べるものになる。そして物理的な大きさもそうだけど、存在としてのレベルが違う。あれは人類が思い描いた神という存在の領域だよ」


 ヨアヒムはやれやれと肩をすくめて。


「あんな化け物を呼び出すなんて、人類というのは本当に愚かだ。自分達で終焉しゅうえんを早め、それに抗うために足掻あがき続けるなんてね」


 ヨアヒムは息をつくと、きょろきょろと周囲に視線を走らせた。


「さて、お喋りはここまでかな」


「そうなの? 正直ヨアヒムくんの言ってる事、あまりよく分からなかったからちゃんと聞きたかったんだけど」


「ごめんね。でもこれ以上は君に負担がかかる。深層意識だから君も流暢りゅうちょうに会話が成り立っているけど、実際君は会話もできないほどに精神が傷つけられているんだ。ここを出たら嫌でも思い出すよ。その傷が癒えるまでは僕とのやり取りも思い出せないんじゃないかな」


「そうなんだ」


「残念だけどね」


 ヨアヒムはカツンと靴を鳴らして。


「さて、それじゃお別れだ。僕の光を借りたくなったら僕の名前を呼ぶといい。いつでも僕は君の力になるよ」


 ヨアヒムは手を振ると、コツコツと足音を響かせてアーシュから遠ざかっていく。

その靴音に合わせ、周囲の真っ暗な空間が剥がれ落ちるように崩れていった。


 景色の崩壊と同時にアーシュの視界が大きく歪み、また暗がりへと変わって。

遠くにはわずかに緑色の光が見えたが、その光は遠い。


 アーシュの口と鼻からゴポッという音と共に空気が漏れて。

大きな気泡が小さな気泡と共に上へと昇っていった。

その身体は深い川底に沈み、長い黒髪が揺蕩たゆたっている。


 このままじゃ溺れ死ぬ──とアーシュは思ったが、その体は動かなかった。

動かすほどの意思の力が残っていなかった。

アーシュはそのまま、ゆっくりと目を閉じる。


 それからどれだけ時間が経ったのか。

アーシュは気付けば岸へと引き上げられ、その体を強く抱き締められていた。

水を吐いて大きく咳き込むと、かすむ視界で周囲を確認する。


「良かった! アーくん!!」


 エミリアはアーシュが意識を取り戻したのに気付くと、目に涙を浮かべながら安堵したように笑った。


「ケケケ、ようやく目ぇ覚ましたかクソガキ」


 横たわるアーシュを見下ろしていたアムドゥスは、やれやれと首を左右に振ると飛翔。

ディアスの肩にとまる。


「アーシュ、無事か」


 かたわらに立っていたディアスが言った。

屈むとアーシュの頬に張り付いていた長い黒髪を払う。


「…………」


 アーシュはエミリア、アムドゥス、ディアスの順にその姿を目で追った。


「アーシュガルドちゃん、気付いて良かったわ。私の心臓マッサージとマウストゥーマウスのお陰ね」


 キャサリンがアーシュの顔を覗き込むと、パチンとウィンクする。


「ケケケ、嘘つくんじゃねぇ。クソガキ、安心しろ。息を吹き込んでくれたのは嬢ちゃんだし、心臓マッサージしたのは俺様だ。感謝しろよ? お前さんの胸を貫いて俺様が体内(なか)からその心臓を動かしてやったんだ。あー、傷口は大したことねぇし、それももう塞いだから気にすんなぁ。ケケケケケ」


「けけけ。アムドゥス凄い取り乱してて、そんなんじゃらちがあかねぇってアーくんの事助けるために自分から動いてくれたんだよ?」


「あー? 俺様は終始冷静だった。別にクソガキが死のうがどうしようが俺様には関係ねぇからなぁ」


「取り乱してたろ。鳥だけに」


「ケケ、相変わらずブラザーのギャグは冴えねぇなぁ……」


 半眼でディアスを横目見るアムドゥス。


「…………」


 アーシュは声のする方へと順々に視線を向けたが、一言も言葉を発っさなかった。

エミリアはその違和感と、暗く沈んだ瞳に気付いて。

そしてその瞳には覚えがあった。

それはディアスと出会い、キールから解放されるまでの自分の瞳と同じ陰り。

肉体の傷こそなかったが、アーシュの身にまとう衣服の異様な傷つき具合とその姿を見てアーシュの身に起きた事を察する。


 遅れてエミリア以外もアーシュの異変に気付いた。

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