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「ふむ。思ったり早かったではないか。途中までの進行速度ならここにたどり着く者があっても、あと2日はかかると思っていたが」
広大な魔宮の深奥で。
円を描くように並び、膝をついて頭を垂れる魔人の群れ。
その中心に腰かけた魔人が、フロアへと足を踏み入れたギルベルトと冒険者の一団を見て言った。
その魔人は法衣に身を包み、頭上には大きな冠を載せて。
荘厳な王笏を脇に抱えて玉座に腰掛けていた。
だがその半身は青白い結晶へと飲まれて変容。
魔人の顔はシワの刻まれた老人のものと、結晶へと変質した青年のものとで半々になっている。
「あなたがこの複合魔宮の主、でよろしいですね?」
ギルベルトが訊ねると、それに魔人は小さく口角をつり上げて。
「ふふ、この複合魔宮の、だと? 誰にものを言っておる」
次いで魔人は乾いた笑いをこだまさせると半眼でギルベルトを睨めつけた。
次いで冒険者全員に険しい視線を走らせる。
「よく聞くがいい、人間よ。そしてこの者達と共に我に平伏せよ」
魔人は手をかざし、周囲を取り囲む数十人の魔人達を示すと続ける。
「我が名はジルヴェスター。我こそはかの皇帝の意志と御技を継ぎし者。あまねく魔宮全てを統べる君臨者。今一度地上に我らが楽土を築く、ヒトの頂点に立つ新たなる帝なり」
帝を名乗る魔人ジルヴェスターはそう言うと、抱えていた王笏の柄の先端を床に打ち付けた。
同時に魔宮の切り分けられた壁が上下左右へとスライドし、その先から新たに魔人が姿を現す。
各々の魔物に騎乗した、騎士の様相を持つ魔人が4人。
4枚の翼を持つ巨大な大鷲のような魔物。
二足歩行の竜種。
そしてゴーレム種が2体。
4体の魔物とそれに跨がる魔人の騎士は順に左から並び、ジルヴェスターを護るように取り囲む。
冒険者達は4対の魔物と魔人の放つ張り詰めたような雰囲気とその姿から並々ならぬものを感じて。
ステータスに対してまだ経験の浅い冒険者でさえ、その力量を五感以外のところで感じとると冷や汗を流した。
そして合わせて50人以上はいる魔人に対して、冒険者はギルベルトを入れて40人余り。
基本的に単体の戦力で劣る人間は魔人に対して数による有利をとるのが基本だったが、数ですら劣っている今の現状は冒険者側にとって絶望的だった。
「ふ……ふざけんなよ。あのレベルが相手なら魔人1人に対してS級を筆頭にした上でA級以上の冒険者が100人は要るぞ」
新たに現れた4人の魔人とその魔物を見て。
1人の冒険者が震える声で呟いた。
「観測体から十全の報告とそれに合わせた完璧な編成での大部隊でようやく相手にできるレベルじゃねぇか」
「ギルドは魔人が勢力を持たないよう目を光らせてたんじゃないのか。なんであんな化け物が徒党を組んでるんだ」
冒険者は毅然と武器を構えて魔人の動向を窺っていたが、その瞳には隠しきれない焦燥と絶望が滲んでいる。
「確かに貴方達ほどの魔人がどこに潜んでいたのか興味があります」
ギルベルトは落ち着いた声音で呟いて。
次いで青白い結晶に飲まれたジルヴェスターの半身を見た。
その結晶にギルベルトは見覚えがある。
「ギルド内部に……いや、違いますね。地下に逃れていた、というわけですか」
「ほう。その口振り、この忌々《いまいま》しい力を知っているのか」
ジルヴェスターは感心したように呟いて。
「いかにも。貴様ら人間は奴らと下層への不可侵の約定を立てているのであろう。そこでなら貴様らの監視の目を掻い潜ることも容易い。我らは先の大戦で人間の力を侮り、ついには皇帝を討たれ、国を失った。もう油断はしない。万全の用意を整えるまで姿を隠し、力を蓄えてきた」
「万全の用意? やはりあなた方は私達人間を侮っている。再び帝国を築くにはこの程度の力では足りませんよ。ギルドと、そして何より私達がそれを許さない」
ギルベルトは前へと歩み出た。
宝杖剣を構え、柄の先にあしらわれた宝珠へと手をかざして。
同時にこの複合魔宮に点在する、ある条件を満たした冒険者の位置を収集し、これから組み上げる術式にその情報を織り込んで。
「今のあなた方の力でギルドを滅ぼすことはできない。あなた方が地下にこもっている間に私達人間も力をつけた。それを今ここで────」
「何か、勘違いしておらぬか?」
ギルベルトの言葉を遮って。
ジルヴェスターは頬杖をつき、ゆったりとした雰囲気で言う。
「我々がこうして存在を衆目に晒したのは人間がやってくるのを待つためだ。この大魔宮の調査に訪れた人間共には悪いことをしたな。我らが大きな脅威であると示し、強者をおびき寄せるための贄となってもらった。それについては詫びよう。申し訳なかった」
まるで悪びれる様子もない淡々とした謝罪を口にするジルヴェスター。
「だが勘違いしないでほしい。それは戦うためではない。同盟のためだ」
「同盟?」
ギルベルトはジルヴェスターの発言を訝しんだ。
他の冒険者達も怪訝な面持ちを浮かべ、中には憤りを見せる者もいる。
「然り」
ジルヴェスターが答える。




