7-35
槍が突き出される瞬間に。
エミリアは強引に体を折り、魔人の騎士に足を向けた。
すかさず再展開される魔宮。
騎士の放った刺突は容易くエミリアの魔宮を穿っていく。
だが騎士のランスがエミリアの魔宮を貫くより早く。
エミリアは展開した魔宮を蹴って。
同時にディアスとキャサリンが左右に跳んだ。
騎士の繰り出したランスがエミリアへと伸びるが、その切っ先はすんでのところで届かない。
騎士は展開された魔宮に視界を塞がれていたが、その手応えから仕損じたのを察した。
兜の隙間から視線を上下左右に走らせたが、通路1面を展開された魔宮の岩肌が遮っている。
ディアス達は通路を駆け抜け、魔人の騎士と1度距離を取って。
だが先の能力から、距離を取っても油断はできない。
「なんなのよあれ。強力な魔物にカウンター持ちの盾、ダメージ吸収の鎧、そしておそらく槍の効果だけど対象の強制的な移動。そこいらの魔人とはレベルが違いすぎるわ。ぶっちゃけ緑の勇者のバフがなかったら私の攻撃効いてないし」
キャサリンが走りながら言った。
「……10年戦争の生き残りかもな」
呟くディアス。
ディアスはエミリアとキャサリンのあとを追うように飛翔しながら、刀剣蟲の切っ先で魔宮を削っている。
「10年戦争て、あの10年戦争? あいつが魔人の帝国の生き残りだって言うの? ディアスちゃん」
「可能性の話だが、魔物に騎乗して複数の能力を駆使する魔人の騎士団の話を俺の元パーティーづてに聞いた。あのラーヴァガルド達を筆頭とした人類の総戦力と渡り合った魔王に次ぐ脅威の1つ。帝を討った際に一部の配下は消息を経ち、30年近く経った今もその警戒レベルは最大を維持したままだ」
「本当にあの魔人がその生き残りならあの強さも頷けはするけど」
「ディアス、キャシー、10年戦争てなに?」
エミリアが訊いた。
「40年くらい前、スペルアーツの存在を今のギルド機構の前身である組織の上層部が独占し、魔宮生成武具もほとんど普及していなかった時代。魔人に対して劣勢だった人類は各地にあった組織と連合を組んで反撃に出た。最終的には連合を組んだ組織はそのまま吸収されて今のギルド機構ができるわけだが」
ディアスは後方を警戒しつつ、魔宮の壁をなおも斬り裂きながら続ける。
「その連合は魔人の勢力を次々と撃破していった。今は魔人のほとんどは単独行動になっているが、それはこのときに連合が徒党を組む勢力を叩き潰したからだ。それ以降も魔人同士が結託して大きな勢力を持たないようギルドは監視の目を光らせている。そして当時複数あった大きな勢力の中でも最も強大だったのが魔人の帝国。帝国との戦いは熾烈を極めて10年近い歳月と連合の戦士のほぼ全て命を費やしてようやく勝利した」
「その戦いのことを10年戦争て言うのよ」
キャサリンはエミリアに言いながら、通路の端々にスペルアーツの楔を打ち込んでいく。
その時、ディアス達の後方から轟音が響いた。
ディアス達が肩越しに背後を振り返る。
エミリアが壁として展開した魔宮を破り、騎士と彼の跨がる魔物が迫ってきた。
騎士はランスを構え、もう一方の手で手綱を引いて。
魔物は手翼を水平に構えて加速する。
「ケケケ、来たぜぇ!」
「来たわね!」
アムドゥスとキャサリンが声をあげた。
「スペルアーツ『魔象点火』!」
キャサリンはすかさずスペルアーツの楔を発動。
設置されていた『防御魔象』が次々と魔力で編み上げられた防壁を築く。
だが幾重にも連なる防壁は魔人の騎士とその魔物の突進を阻めなかった。
構えられたランスの切っ先が魔力の壁をまるで飴細工のように砕いていく。
手綱を操って魔物を駆る魔人の騎士。
その鋭い双眸がディアス達を凝視していた。
魔宮を削りながら飛翔するディアス。
その目に強い輝きを燃やし、魔宮の展開のタイミングを窺うエミリア。
スペルアーツを発動し続けるキャサリン。
騎士は3人の挙動に目を光らせる。
そして騎士はすぐに3人との距離を詰めて。
その時、砕けた防壁の破片が。
魔力で構成されたそれが一瞬、騎士の視界を覆った。
兜に当たって弾かれる欠片。
飛ぶように過ぎ去ったそれが騎士の視界を奪ったのは文字通り一瞬。
だが開けた視界の先にはギラリと光る十字の剣閃が目前に。
ディアスは刀剣蟲の飛翔によって慣性を無視した急旋回から騎士へと肉薄して。
左右の肩から突き出した刀剣蟲を交差するように振るった。
ランスと手綱を握る騎士は盾を構えられない。
ディアスの放った斬擊はそのまま騎士の纏う鎧を斬り裂く。
だが騎士は構うことなく体をよじり、肩を引いて。
すかさずランスを繰り出す。
騎士が体をよじると共に。
ディアスは慣性を無視して突如落下するように降下。
ランスの刺突を掻い潜り、直角に軌道を変えて魔物の腹の下へと飛び込んで。
「『その刃、熾烈なる旋風の如く』!」
ディアスは刃を振るいながら高速で回転。
魔物の体を構成する人骨をすれ違い様に何度も斬り裂く。
先ほどまでの魔宮を削っていた時とは比べ物にならないほどの魔力が刀剣蟲の刃を伝って。
「ケケケ。ようやく準備万端だなぁ、ブラザー」
アムドゥスがディアスのフードの中でほくそ笑む。




