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「そいつらは……」
冒険者は口ごもると、ちらりと戦鎚の冒険者の方を盗み見た。
すぐに視線を戻すが、ばつが悪そうに口を閉ざす。
冒険者達が口をつぐんでいると、戦鎚使いがディアス達に向かって来た。
得物である巨大な鎚を担ぎながら、その目でディアス達を探るように視ている。
「よう、はぐれたのか?」
戦鎚の冒険者がディアス達に向かって訊ねた。
「はぐれた仲間を探して別行動を取ったんだ」
問いに答えるディアス。
「へー、そうかい。ちなみにどんな奴だ?」
戦鎚使いがディアスに訊いた。
ディアスは戦鎚使いの探るような視線を警戒して。
「黒髪で紫の瞳の少年だ。と言っても、この魔宮の中だとあてにならない情報だが」
「ああ、あてにならねぇな。分かってるならもっと有益な情報を出しな。力になれるかも知れねぇだろ」
戦鎚の冒険者の言葉に、ディアスは警戒の色を強める。
「期待はできないさ」
「なぜそう思う?」
「この複合魔宮の攻略に集められたのは高ステータスの冒険者ばかりだ。子供はまずいない。いれば十中八九俺達のパーティーの仲間か、冒険者に紛れ込んだ魔人だろう。少年であるという情報を出した時点で有益な情報を得られないなら、それ以上の問答に時間を費やす意味はない。そうだろう? そしてそれはお互いに、だ」
ディアスはフードの陰から戦鎚の冒険者を睨みながら続ける。
「それなのになぜ情報を得ようとした? 少年に思い当たりがないなら見かけてないと言えばいい。思い当たりがあるなら答えるだろう。違うか? 何を探ろうとしているのか分からないが、俺達は一刻も早く仲間と合流したいんだ。邪魔をしないでくれ」
「そうはいかねぇな」
戦鎚使いは肩に担いでいた得物をおろして。
「これだけの規模の複合魔宮だ。この巨大な魔宮を生むのにどれだけの魔人がいるのか知れねぇ。そしてこの赤い幻影だ。冒険者に扮した魔人の存在を疑ってしかるべきだろ?」
「当然の思考だな。だがそれを証明している余裕はない。ソードアーツによる証明は1度魔宮に入ってすぐにした。今は高難度の魔宮の中だ。これ以上ソードアーツを無駄撃ちはできない」
「そうか。だが疑念を晴らせないんなら、この場で討たせてもらうぜ?」
戦鎚使いは巨大な戦鎚を握る手に力を込めた。
「冒険者同士の消耗は相手の思うつぼだ。それに見たところあんたもかなりの手練れだ。戦えば時間をとられる」
そう言うとディアスはため息を漏らす。
「……いいだろう。ソードアーツを見せる。それで構わないな?」
「いいや。それじゃ足りねぇな」
戦鎚の冒険者の言葉にディアスは眉をひそめた。
「足りない……?」
「ああ。ソードアーツの発動で証明できるのはせいぜい人間かどうかだけだ。魔人と手を組んだ裏切り者でないかどうかまでは証明できねぇだろ?」
「けけ。でもそれじゃ、あたし達の疑いはどうやっても晴れないんじゃない?」
エミリアが言った。
戦鎚使いはエミリアを見下ろして。
「それをどうにか証明してみせてくれって言ってるんだぜ、嬢ちゃん?」
「無茶苦茶だわ」
キャサリンが鋭い眼差しを向けながら頭を振る。
「…………さっきから気になってたんだが、それは変装か何かのつもりか?」
戦鎚の冒険者はキャサリンの格好を訝しげに見て。
「────」
次いで『男』と言葉を発しようとしたが、その脳裏に過った映像を視て口をつぐんだ。
「なによ。言いたい事があるならはっきり言いなさいよ」
キャサリンが言うと戦鎚使いは肩をすくめる。
「遠慮しとくよ。そしてその顔、どこかで見たと思ったが。まさかあんたがそんな格好で杖なんかを振りかざしてるとはな」
「おじさん、キャサリンの事知ってるの?」
エミリアが訊くと、戦鎚の冒険者はキャサリンに視線を向けた。
そしてその目を見るとエミリアに視線を戻す。
「さぁな」
「けけ。うそだ、絶対知ってる」
「どうだろうな。少なくとも俺の口からは言えん」
「えー」
「やーね、エミリー。乙女の秘密を探ろうなんて感心しないわよんっ」
そう言ってエミリアにウィンクするキャサリン。
「…………で、戦うのか?」
ディアスが訊いた。
同時に両手に握る剣に意識を這わせ、その答え次第ではすぐに剣を振るおうと。
「いや、やめておこう」
「いいのか?」
「ああ」
だが戦鎚の冒険者は考えを改め、得物である巨大な鎚を担ぎ直す。
「俺が用心に用心を重ねるのは生き残るためだ。優先すべきは生きて帰還すること。仮に魔宮の攻略に失敗しても、生きてさえいればやり直しはいくらでもきくからな」
「そうだな、やり直しはきく」
ディアスは黒骨の魔王討伐に失敗してから過ごした7年を思い出した。
そしてその7年間の終わりに得た2人の小さな仲間を想って。
「だが失えば取り戻せないものもある」
次いでディアスは魔王討伐に共に挑んだパーティーを。
そして今まで救う事のできなかったたくさんの人々の事を考える。
すでに記憶の中にあるその姿は朧気な者がほとんどだった。
だが取りこぼした命の重みと。
残された者達の慟哭と。
そして時に理不尽ですらある、残された者達から向けられる憤怒。
それらはディアスの心に深く刻まれ、記憶とは異なって色褪せることはない。
戦鎚の冒険者はディアスの様子を見ると、にやりと笑って。
「あんたはそっちのタイプの冒険者か。目的のための命じゃなくて、命そのものに価値を置く輩。青い理想に燃える、現実を直視できないガキだ」
「…………」
ディアスは答えない。
すでにその意識は戦鎚の冒険者には向けられていなかった。
「先を急ごう」
再び歩みを再開するディアス。
その隣をエミリア、後ろからキャサリンが追従する。




