7-24
アーシュは左手に握った剣の魔力を解き放った。
剣身に走る溝から液状の刃が溢れ出ると渦を描いて。
その剣を袈裟に振るうと逆巻く刃が一振りでいくつもの斬撃を生む。
続け様に剣を振るうアーシュ。
「『その刃、竜巻の如く』!」
アーシュは剣速を上げた。
袈裟から斬り上げ。
斬り下ろし。
体をよじりながら旋回して横薙ぎ。
最後に肩を引いて構え、剣の切先を踏み込みと同時に突き出して。
刺突と共に、剣身に纏う形のない刃が迫り来る雷へと放たれる。
アーシュはすかさず左手の剣を持ち変えた。
得物を取り替えてはソードアーツを放ち、雷を無効にして前へ。
そして雷を無効にすると同時にもう一方の手に握る得物に魔力を補充する。
アーシュはそれを繰り返した。
幾度となく放たれるソードアーツ。
アーシュは剣の操作と魔力の伝達に意識を集中し、すでに自分がどれだけのソードアーツを放ったかもわからないほどに。
だが剣を振りかぶったアーシュの額にどっと吹き出す冷や汗。
確実に前へと進んではいた。
だが、足りない。
まだ魔物までの距離を半分も詰めてはいなかったが、魔力の溜まっている得物の数は減る一方で。
このままでは魔物にたどり着く前にソードアーツの連撃が尽きる。
「ディアス兄ちゃんだったら────」
アーシュが思わず呟いた。
魔力の溜まっている得物は残り15本。
魔物の雷を防ぐのに3本を消費し、同時に1つ魔力の補充が完了。
残り13本。
2本を消費し、1つ充填して12本。
アーシュは消費と補充を繰り返して。
10本。
7本。
4本。
2本。
0になると同時にもう一方の手に握る剣に魔力が溜まった。
アーシュはその剣の魔力を解き放つ。
魔力の溜まった最後の得物のソードアーツを放ち終えた時。
もう一方の手に握るその武器の魔力は半分ほど。
そしてその視線の先には淡々と次の雷を放つ魔物の姿。
「────」
アーシュは咄嗟にいくつもの武具を眼前に重ねた。
放たれた稲妻がその武器を連ねて形作った盾を飲み込む。
武器と武器の隙間から漏れ出る光が一瞬でその輝きを強めた。
その防御は容易く突破されて。
アーシュの視界が眩い光に埋め尽くされる。
アーシュはその眩しさに、腕を交差させて光を遮った。
そしてぎゅっと目を瞑り、首をすくめて。
次いで、自身の死を意識する。
──刹那、その前へと躍る影。
「アーシュガルドくん……!!」
その手に握る短槍を全力で振り上げた。
防御を貫いた雷はその槍の切っ先へと吸い寄せられて。
そして吸収しきれなかった雷が、帯電する槍に弾かれる。
アーシュはその声を聞いて、交差した腕の陰からその姿を覗く。
「シアン兄ちゃん!」
だが言葉をかわす隙もなく。
魔物はその甲殻から伸びるよじれた角へと魔力を供給し、再び稲光を生んだ。
「ソードアーツ────」
その時、アーシュの背後で魔力を解き放つ矛。
幅広の切っ先から放たれる水流の渦が魔物の放った雷とぶつかる。
背後を振り返るアーシュ。
「このまま距離を詰めろ!」
アーシュが振り返るのと同時に、戦鎚の冒険者が叫んだ。
アーシュの後方からは続々と冒険者が続き、前へと出るとソードアーツを放って。
魔物の雷撃を相殺し、いなして進行する。
「このまま進めるだけ進むぞ!」
「勝機を逃してはいけません」
「時間を稼げ!」
冒険者達が魔物へと距離を詰めていく。
「あまり時間は稼げねぇ、魔力の補充を急ぎな」
戦鎚使いがアーシュに声をかけて。
「エーテル系のアイテムか、魔力関連のスキルか。3、4秒程度で得物1つの魔力が溜められるのは驚異的だ。他の冒険者で時間を稼ぐからそのうちに溜めろ」
アーシュは戦鎚の冒険者の言葉に頭を振った。
「ソードアーツを使いきったから、次の剣はすぐには溜められないんだ」
「溜められない、だと?」
戦鎚使いは舌打ちを漏らした。
すぐに『既視演算』による予測を用いてこの状況から魔物を倒すまでの行程を探る。
「おじさん……?」
「…………」
アーシュが恐る恐る声をかけるが、戦鎚の冒険者はすでにアーシュに意識を向けていなかった。
状況の確認と『既視演算』に集中している。
「みんな時間を稼いで、アーシュガルドくんに武器の魔力を溜める間を作るために動いてるんだ。どうしても溜められないの?」
アーシュは自分に期待して前へと出てくれた冒険者達を見つめて。
「ダメなんだ。ソードアーツの連続発動はソードアーツのジレンマを克服したものだから、溜めるにはそれに見合うだけの火力が要るんだ」
アーシュは視線を走らせた。
「なにか、なにか───」
このままでは冒険者に多くの犠牲が出る。
全滅すらも考えられた。
「なにか、ないの……?!」
高速で旋回する剣は今も魔力を蓄えている。
だがとても間に合わない。
魔物が雷を放った。
それを冒険者が防ぐ。
魔物が雷を放った。
それを冒険者が防ぐ。
魔物が雷を放った。
それを、冒険者が防ぐ。
魔物との距離を半分以下にまで詰めた冒険者達。
だが雷を防ぐ手段は尽きようとしていた。
「ここで何もできなかったら、全部おれのせいだ。なにか、なにかあるはずなんだ。ディアス兄ちゃんならどうする? エミリアだったら?」
アーシュは魔物の攻撃の隙を。
あるいは攻撃の予兆がないかと目を凝らす。
攻撃を放つ角の順番に規則性がないか、もっと早くから予兆はないかと探って。
だが見当たらない。
どれだけ視覚と聴覚を研ぎ澄ましても分からない。
そして左腕に覚える違和感がアーシュの集中を乱していた。
柱状の甲殻の隙間からじっと冒険者達を見据えている魔物。
魔物は冒険者に攻撃するため角へと魔力を集めて。
それより早く、アーシュの腕はその変化を五感とは違うところで捉える。
アーシュは魔物ではなく左腕に意識を向けた。
左腕全体になにかが纏わりつくような違和感が、時折狭い範囲で消えてはまた戻ってを繰り返している。
アーシュはその違和感に意識を向けつつ、魔物の攻撃を凝視した。
冒険者がその雷を防ぐ間際、アーシュは空中に走る稲光の線の延長線上に左腕を持っていく。
するとその箇所の違和感が消えた。
「…………!」
アーシュは左腕で次の違和感が消える場所を探した。
そしてその箇所を捉えるアーシュ。
次いで魔物がよじれた角へと魔力を送り、そこから雷撃を放つ。
その稲光はまっすぐアーシュが捉えた箇所へと伸びた。
「……みができる」
アーシュが呟いた。
「アーシュガルドくん、なんて?」
「シアン兄ちゃん! 先読みができるよ!」
アーシュが叫んだ。




