7-22
「凄い。そんなスペルアーツもあるんだ」
アーシュが感心したように言った。
それを聞いて戦鎚の冒険者は自慢気な、それでいて自嘲的な笑みを浮かべる。
戦闘における1秒は長い。
だが一呼吸の間に消費されるその間は、やはり短い。
そのまばたき数回分の時間は思考する隙を与えない。
与えられたその1秒によって、経験則と勘による無思考による行動選択を強いられる。
「実戦で使えるレベルに達してる人はそうはいないスペルアーツだよ。『既視演算』の習熟度もそうだけど、それを活用できるだけの能力を持った冒険者は稀だ」
「それでも未来が視えるって凄い能力だし、覚えてたら損はないよね。シアン兄ちゃん、おれも聞いたことないスペルアーツだったけど、なんでマイナー扱いなの?」
アーシュが訊ねた。
「損があるからだよ」
「ああ、そっちのガキの言う通りだ」
戦鎚使いがうなずいて。
「『既視演算』はキャパを大きく使う。他のスペルアーツが覚えられなくなるくらいにな。効果と対価がここまで見合わないスペルアーツもそうはない」
「なのに使ってるの?」
「ああ」
戦鎚の冒険者はアーシュに視線を向けた。
にやりと片方の口角を吊り上げて。
「ロマンがあるだろ?」
「うん!」
アーシュがうんうんとうなずいた。
その時。
脳裏に投影された映像。
その光景に、出方を窺っていた戦鎚使いは舌打ちを漏らした。
クソが──と口から出そうになる悪態を飲み込んで。
無意味と分かりつつも、得物を正面に構えて防御の姿勢をとりながら叫ぶ。
「全員、防御……!!」
次の瞬間。
魔物の全身から雷が走った。
幅広の通路の真ん中に鎮座する柱状の魔物。
その外殻から伸びる無数のよじれた角から閃光が放たれ、冒険者達の視界を染める。
激しい閃光と轟音が冒険者の視覚と聴覚を奪って。
そしてそれらが回復するよりも早く、冒険者が真っ先に覚えるのは焼けるような痛み。
『加護の印』が残っていた冒険者は視覚と聴覚が回復次第に武器を構えた。
だがほとんどの冒険者はその体に刻まれていた羅列の全てを消費。
そして羅列の残っていなかった冒険者は身動ぎ1つなく。
放たれた雷のダメージをもろに受けた冒険者達は、その体からくすぶるような煙を上げて横たわっている。
「アーシュガルドくん、無事?!」
「う、ん。大丈夫だよ……シアン兄ちゃん」
掠れた声でアーシュが答えて。
次いでパリパリと砕け散る音。
アーシュは右半身に焼けるような痛みを覚える。
「シアン兄ちゃんこそ大丈夫?」
アーシュは魔物の雷で奪われた視界が戻ると訊ねた。
その右半身には火傷の痕が覗く。
「うん、なんとかね」
突き立てられた短槍がバリバリと音を立てて。
魔物の放った雷を吸収したその切先は煌々と光を灯し、放電を繰り返している。
「雷属性の魔宮生成武具か」
戦鎚の冒険者が言った。
戦鎚使いは魔物の攻撃が放たれる間際。
咄嗟にその得物を振るい、魔宮の床を大きくまくり上げて壁にしていて。
魔物の攻撃を防ぐにはそれでは不十分だったが、それでもいくらかのダメージの減衰はできている。
「俺の『雷鮫ノ角』のドロップ元になる魔物は魔力から変換した電気を蓄えて攻撃に使う魔物みたいだからね。ソードアーツを使ったあとに余った電気は槍に蓄える事ができたから、電気系の攻撃になら防御にも使えると思ったんだ。やっぱり全部は吸収できなかったけど」
そう言って手をひらひらと振った。
その手の指と指の間にはそれぞれ1本ずつ氷の矢を挟んでいる。
アーシュは魔物を警戒しながらも視線を落として。
そこには束ねられた矢が数本まとめて突き立てられ、それが薄い氷の壁を生み出していた。
崩れかけの壁がアーシュの見ている前でガラガラと崩れる。
「だが、次は防げそうもないか」
戦鎚の冒険者は今も閃光と共に放電を続けている短槍を見て言った。
「うん。矢はまだあるけど、槍の放電がまるで終わる気配がない。こんなのは初めてだ。それだけあの魔物の攻撃がやばかったって事だろうけど」
「間に合いそうもないな」
「『既視演算』?」
「いや、これは俺の経験からくる勘だ」
「こっちから攻めるのは?」
「さっきから試してるが、全部返り討ちだ」
戦鎚使いは舌打ちを漏らす。
「どんな感じで反撃を受けるの?」
アーシュが訊いた。
「雷による迎撃だ。直線的な攻撃だから3回くらいまでは掻い潜れるが、やはり速度が段違いだ。反応に体が追い付かない」
アーシュは周囲に視線を走らせた。
倒れている冒険者達の得物を捉える度に、その輪郭を意識でなぞっていく。
「魔力による攻撃だから、魔宮生成武具や魔宮生成物から鍛造された武器はあの雷を防げるよね?」
「無理だな。出力が違い過ぎる」
「ソードアーツなら?」
アーシュは周囲の剣を操り、自身の周囲に旋回させて。
渦を描く剣の列に次々と刀剣かそれ以外かを問わずに武器が連なっていく。




