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「アーシュガルドくん、『遠隔斬擊』の扱いが凄い上達したんじゃない? 俺、びっくりしちゃった!」
槍を払い、左右の凍りついた魔物の体も砕きながら言った。
ボウガンを背負い直し、両手で短槍を構える。
「ディアス兄ちゃんにも色々教えてもらったし、『遠隔斬擊』の剣技はおれのが才能あるって言われちゃった」
褒められると、アーシュは嬉しそうに笑いながら言って。
「あ、でもディアス兄ちゃんの前ではその話しないでね! ディアス兄ちゃんも褒めてはくれたけど、その話になったとき凄いむすっとしちゃったから…………」
アーシュの照れ笑いが苦笑いに変わった。
次いでまたその笑みが、今度は穏やかなものに変わる。
「でね、スカーレット姉ちゃんにまたどこかの魔宮でパーティーを組もうって言ってもらえたの、凄い嬉しかった。だからどうすればもっと強くなれるか、考えたり練習したり前よりも頑張れたんだ」
笑顔を浮かべるアーシュのもとへと、彼の操る剣が戻ってきた。
複数の剣がその周囲を旋回する。
すでに魔物の掃討は終わりを迎えようとしていた。
戦鎚使いを筆頭に冒険者達は襲来した人型の魔物のほとんどを討ち倒し、残った魔物は数えるほどしかいない。
「…………」
「あれ、どうしたの? シアン兄ちゃん」
無言のまま、まっすぐに見つめてくるその視線に。
アーシュは首をかしげると訊ねた。
「ねぇ、アーシュガルドくん。スカーレットねぇちゃんのこと、好き?」
唐突な質問にアーシュは目をぱちくりとさせて。
「え、好き、だよ?」
きょとんとしながらも答えるアーシュ。
「じゃあ俺の──シアンのことは好き?」
「うん。シアン兄ちゃんのことも好きだよ」
「ならさ。ディアスさんとエミリアちゃんと、俺達姉弟、どっちが好き?」
「え」
アーシュは困ったようにうーんと唸った。
周囲の警戒をして、いつでも剣を放てるよう構えていたアーシュ。
だが答えがたい質問を受けて、その意識は完全にその問いに向けられる。
「決められないよ。おれはディアス兄ちゃんとエミリアも、スカーレット姉ちゃんもシアン兄ちゃんも、あとアムドゥスのことも好きだもん。ねぇ、なんで突然そんなこと訊いたの?」
「アーシュガルドくんが俺と一緒に、来てくれないかなって」
「え、うん、そのつもりだよ? ディアス兄ちゃん達と合流して魔宮を攻略するまではシアン兄ちゃんと一緒に────」
「そうじゃなくて、さ」
アーシュの言葉を遮って。
「ディアスさん達とじゃなくて、ギルベルトさんのところで俺と一緒に来て欲しいんだ。この魔宮の攻略だけじゃなくて、それからもずっと」
その言葉にアーシュは困ったように眉根を寄せると、ふるふると首を振った。
「おれもシアン兄ちゃんやスカーレット姉ちゃんと旅できたらって思うけど、でもディアス兄ちゃん達と別れるなんてできない」
「もしも俺達と来たら、願いが叶うって言われたら、どう?」
「どういうこと?」
アーシュは怪訝な面持ちを浮かべる。
「アーシュガルドくんにもやりたい事、叶えたい願いはあるよね? 例えばアーシュガルドくんはお母さんが永久魔宮化して、お父さんもそれに巻き込まれた。もし2人を取り戻す事ができたら? 憧れの【勇者】になれるって言われたら?」
「ギルベルトって人と行ったら、それが叶うの?」
「うん。でもそれだけじゃない。ギルベルトさんはこの世界に生きる全ての人々を助けて、その願いを叶える、そのために動いてるんだ」
言葉に熱がこもり、アーシュに強い眼差しを向けて。
「あの人はただの称号じゃない。本当の勇者になる人だ」
「勇者?」
「ああ、そう言えばアーシュガルドくんはギルベルトさんが誰か知らないって言ってたよね。ギルベルトさんは勇者だ。【緑の勇者】ギルベルト。魔宮に向かう前にかけられた防御の力も、新たに加わった強化もギルベルトさんの術だ」
「【緑の勇者】、称号しか聞いたことなかった」
アーシュはそう言うと、体に浮かぶ『奮起の印』へと視線を向ける。
「ギルベルトさんはスペルアーツとは異なる強力なバフを操る。代わりに本人は戦う力を持たない。ギルベルトさんが言うには一人じゃスライムも倒せないくらいだって」
苦笑混じりに言って。
「だからギルベルトさんには仲間が必要なんだ。俺はまだまだだけど、もっと力をつける。アーシュガルドくんもこれからもっと強くなるはずだ。何より、一緒にいてくれたら心強い」
「でも、おれは…………」
「ギルベルトさんとディアスさんの2人を比較してディアスさんを選ぶんだよね? ならギルベルトさんにじゃなくて、俺に力を貸して欲しい。俺はどうしても叶えたい願いがあるんだ」
「ごめんなさい、シアン兄ちゃん」
アーシュはまっすぐに視線を返し、迷いなく答える。
「おれにできる事があるなら、おれはシアン兄ちゃんに協力したい。でも一緒には行けない。おれは、ディアス兄ちゃんやエミリア、アムドゥスと行くよ」
「どうしても?」
「うん。2人の事も好きだよ。でも初めておれにできた居場所なんだ。まだまだ力不足だし、助けてもらってばかりだけどさ」
アーシュが答えると、その手に握る短槍を強く握り締めて。
さっきまでの熱を帯びた言葉とは変わり、心なしか冷ややかな声音で問う。
「俺達と、敵対する事になっても?」




