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7-18

「方向が散り散りだな」


 先頭に立つ冒険者が言った。

その冒険者が見下ろすのは一見コンパスのような器具。

その器具には針が複数あり、それぞれが別々な方向を指し示していて。

その針先は異なる頻度で明滅している。


「一番近いのはあっちか」


 冒険者はいで、一番点滅の激しい針の指す方へと視線を向けて。


「他の冒険者との合流を優先する。未だにこの忌々(いまいま)しい幻覚の中だ。互いに視界に仲間を収めるよう行動しろ」


 冒険者はそう言うと得物である巨大な戦鎚せんついを片手で構えながら、先へと向かう。


 そのあとに続く他の冒険者達。


「アーシュガルドくん、俺達も行こう。お互いの姿を視野に収めるのを忘れずにね」


「分かった」


 アーシュがうなずいた。


 冒険者達と2人は、ちぐはぐな様相の通路を進んでいく。


 アーシュはふと視界の隅で揺れているそれに気付いて。


「あれ。シアン兄ちゃん、ボウガンなんて使ってた?」


 アーシュは軽鎧けいがいの背中に釣り下がったボウガンと矢筒やづつを見ながらいた。


「ん? ああこれ? これは、ねぇちゃんが落としたんだよ。さっきはぐれた時に」


「え、スカーレット姉ちゃんも来てるの!?」


「あれ、言ってなかったっけ」


「聞いてないよ! 大丈夫なの? 体の調子も悪いのに。おれ、てっきりスカーレット姉ちゃんはどこかで休んでると思ってた」


 アーシュは不安げな眼差しを向けて。


「捜しに行かなくて大丈夫? スカーレット姉ちゃんに何かあったら……」


「大丈夫、大丈夫。ねぇちゃんはしぶといから。それにギルベルトさんも一緒だし」


「ギルベルト?」


 アーシュが首をかしげる。


「え、ギルベルトさんを知らないの? ギルベルトさんは────」


 その時。

冒険者達が進行を開始して少し経った頃。

先頭を進む冒険者は舌打ちと共に足を止めた。

何事かと周りの冒険者が視線を向ける。


「どうし────」


 他の冒険者がたずねるより早く。

先頭にいた冒険者は振り向くことなく後ろへと跳んだ。

いで視線を向けないまま戦鎚せんついを振るって。

凄まじい風圧を伴った大振りの一撃。

その超重ちょうじゅう鎚頭づちあたまが、魔物の実体化した瞬間を捉える。


 グシャリと鈍い音。


 戦鎚せんついを振るう冒険者は捉えた獲物をすくうように持ち上げた。

すかさずつちの向きを変え、そのまま床へと叩きつける。


 舞い上がる肉片と飛沫ひまつ

大きく陥没した床から飛び散る破片。

 その中でまた舌打ちを漏らして。

戦槌せんついの冒険者は他の冒険者達の視線を集めながら移動した。

全員を見渡せる位置にまで移る。


「…………お前ら、互いに視界に収めるよう動けって言ったよな? あと俺に視線持ってかれてるんじゃねぇぞ」


 苛立たしげな声音こわね

その目つきはけわしく、幻覚によって赤く発光して見える瞳は威圧感を増していた。

その眼光の鋭さに、荒くれ者の冒険者でさえ震え上がる。


 冒険者達の視線を一身に受ける戦槌せんつい使い。

彼はまた舌打ちを漏らした。

得物である巨大な戦槌せんついを握る手に力を込めて。


「今度は俺に視線持ってかれんなよ。互いを必ず視野に入れろ。来るぞ……!」


 そう言うと振り向き様に戦鎚せんついを振るう。


 戦槌せんついの振るわれた先にはちぐはぐな壁。

そしてそこから飛び出そうとしていた魔物を壁ごと叩き潰した。

陥没した壁のひび割れから飛沫しぶきが吹き出す。


 それと同時に周囲の壁から無数の魔物が現れた。


 現れたのは人型の魔物。

人のそれと似た骨格の上に、帯のような皮膚を巻き付けた身体をしていて。

その帯の隙間からは筋肉も、ほとんどの臓物ぞうもつも無いのが見えた。

ぽっかりと空いた胸の中に、脈動する3つの連なった心臓と、そこから張り巡らされた血管だけが見える。


「囲まれたか」


「気つけろ」


「引き締めてこうぜ」


 冒険者達はそれれの得物を構えた。


 魔物が冒険者へと迫ると、その口許くちもとを覆う帯のような皮膚が緩んだ。

包帯を解くように、さらさらと皮膚ががれて。

その下からあらわになったのは顔全体に広がる大きな歯牙しが


 大口を開ける魔物。

魔物はその口で冒険者に食らいつこうと。

だが冒険者達はそれより早く反撃に出た。

それぞれの得物を魔物へと振るう。


 魔物はそれぞれ頭部を断ち斬られ。

四肢をもがれ。

胴を穿うがたれ。

全身を斬り裂かれ。

そして胸を貫かれる。


 床へと転がった、切断された魔物の頭部。

頭を失った魔物は大きく腕を振り乱した。

その腕へと、切断された頭部から帯のような皮膚が伸びて。

その帯が自身の腕に絡み付くと、魔物はその頭部を武器のように振るう。

ひゅんと帯がしなって。

いで1人の冒険者に走る強い衝撃。

冒険者は後ろに吹き飛ばされようと。

だが衝突と同時に魔物の歯牙しがが冒険者の肩へと食らいついた。

衝突の勢いを受けた冒険者の体が、引き留められてがくんと揺れる。


 そのかたわらには四肢をもがれた魔物。

冒険者は横たわった魔物目掛けて得物を繰り出した。

刹那せつな、魔物は胴を包む帯状の皮膚を解いて。

いくつものそれを触手のように操り、体をもちあげると攻撃をかわす。

そしてもがれた四肢の骨格からも帯状の皮膚がほどけた。

その皮膚が魔宮の床を蛇のように走ると、冒険者の四肢に絡み付いて。

いでその体を締め上げる。


 冒険者の突き出した得物で大きく風穴の空いた魔物の胴。

だがベキベキと耳障りな音を立てて。

破れてひらひらと舞う帯は自身の骨格をへし折りながら、上半身全体をよじって冒険者の得物にとりついた。

同時に下肢かしの帯が大きく弛緩しかん

いで緩んだ帯をしぼると大きな力を発揮して。

巨漢の冒険者を得物ごと持ち上げ、魔宮の床目掛けて凄まじい勢いで振り下ろす。


 全身を斬り裂かれた魔物は骨格を覆う皮膚を解いて。

その骨格の全容と、不気味に脈動する連なった心臓をあらわにした。

心臓から伸びる無数の血管が網の目のように走り、その先に連なる皮膚が編み込まれて大きな壁に。

その壁が冒険者を飲み込む。


「やれやれ」


 戦鎚せんついの冒険者が跳んだ。

その間際、ちらりとアーシュの方を見て。

剣を抜こうとしている華奢きゃしゃな体躯の、手負いの少年が今から行う事をて呟く。


「俺と同じマイナー使いか。あのガキ、やるじゃねえか」

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