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「……うん。久しぶりだね。アーシュガルドくん」
アーシュが名前を呼ぶと嬉しそうに笑って。
だがアーシュの肩の傷と涙でくしゃくしゃになった顔を見て、心配そうな眼差しを向けた。
次いできょろきょろと周囲を見る。
「まずは傷の手当てをしないとだけど。あれ、アーシュガルドくん1人?」
「うん。今の魔宮の移動ではぐれちゃった」
「そっかー。てことはディアスさんやエミリアちゃんとまだ一緒に行動してるの?」
訊ねつつ、腰に留めた革のポーチへと手を伸ばす。
「うん。シアン兄ちゃん、スカーレット姉ちゃんはあのあと大丈夫だった?」
「んー……。大丈夫と言えば大丈夫ではあるんだけどね」
言葉を濁しつつ、乾燥した葉と包帯を取り出した。
その葉を傷口に当てると、上から包帯を巻き付けていく。
「これ、出血を抑える薬草だから痒みと痺れが出るけどが我慢してね。……あっ、そう言えば左腕繋がったんだね」
手当てをしながらアーシュの左腕を見て。
「もう自由に動かせるの?」
「まだ細かい動きはできないし、力もうまく入らないけど剣を握ったりはできるよ!」
アーシュが答えた。
「そっか。……んで、ねぇちゃんの事だけど、後遺症で消化器系がやられちゃってさ。あまり食事が摂れてないんだ。食べた物はほとんど消化できずにそのまま出ちゃうし、吐いちゃう事もしょっちゅう」
「それ大丈夫じゃない、よね」
また泣きそうになるアーシュ。
「あーあー、泣かないで。ねぇちゃん元気はあるから! 俺が目の前で骨付き肉とか見せびらかしながら食べたら、顔面に回し蹴りとかしてくるから!」
アーシュはその光景が容易に想像できた。
思わずその表情が緩む。
だが緊張がいくらか和らぐのと同時に、こみ上げるものもあって。
アーシュはぶるると身震いすると、小刻みにその場で足踏みを始めた。
ちらちらと周囲に視線を向ける。
「どうしたの? アーシュガルドくん」
「…………」
アーシュは無言で周囲の冒険者に視線を向けた。
次いで通路を確認し、少し先にある脇道を見る。
「ごめん。シアン兄ちゃん、ちょっとついてきて」
「え? 俺は他の冒険者と行動した方がいいと思うよ?」
「そうじゃなくて…………」
アーシュは言葉に詰まった。
だが小刻みだった足踏みが徐々に大きくなってくると、気恥ずかしそうにしながらも耳打ちする。
「────」
そのアーシュの耳打ちを聞いて。
「え、おしっこ……?」
思わず聞き返す。
アーシュはこくこくとうなずいた。
「それ俺、必要?」
「うん」
「嘘でしょ」
「だって死角になったら魔物に襲われちゃうし。かといって他の人がいる前だとできない。お願い、シアン兄ちゃん」
「いやいやいや。その、ねぇちゃんだったらなんて言うか」
「うん。だからシアン兄ちゃんで良かった。スカーレット姉ちゃんだったらきっと怒られてたと思うし、女の人には恥ずかしくて頼めないもん」
「いやでも、それ俺が死角にならない? 一緒に行ったら」
「シアン兄ちゃんは俺が見てるから!」
「よそ見しながらできるものなの?」
「お願い、早く……!」
アーシュの足踏みは、もはや地団駄のようなっていた。
その切羽詰まった表情を見て。
「仕方ない、な」
次いで2人はそそくさと脇道に駆け込んだ。
お互いに視線を向けながら、アーシュは用を足す準備をして。
「シアン兄ちゃん、もうちょい横。首が回らないよ」
「えー」
言われるままに壁に向かって横並びになった。
そして互いの顔を見つめて。
「シアン兄ちゃん、顔見られてたら恥ずかしくてできないよ」
「分かった。アーシュガルドくん、早くしてよ」
やれやれと肩をすくめながら視線をおろして。
だがおろした視線がスッと逸れた。
次の瞬間、アーシュの輪刀が唸りをあげる。
「シアン兄ちゃん!?」
視線を逸らされ、死角となったアーシュに襲いかかるムカデのような魔物。
その体をアーシュが操る輪刀が斬り裂いた。
切断された胴をくねらせながら魔物が悶える。
すかさず短槍の切っ先が疾った。
頭部を貫かれた魔物が少しして完全に動きを止めると、互いに顔を見合わせる。
「シアン兄ちゃん、おれが剣の操作続けてなかったらおれ死んでたよ?!」
「あはは、ごめんごめん」
「もう」
アーシュは気を取り直して、用を足そうと。
だがまたアーシュに向けられた視線がそっと逸れた。
再び輪刀が魔物の甲殻を斬り裂き、その胴を切断する。
アーシュは傍らで切断された魔物がのたうつのも気にせずに。
「シアン兄ちゃん! もしかして、わざとやってる?!」
「ごめん、ごめんて。つい。つ、次はちゃんと見てるから!」
「絶対だよ?」
「うん。任せといて!」
アーシュは息をつくと、ようやく用を足し始めた。
「…………」
「…………」
無言の中、アーシュの用を足す音だけが鮮明に響く。
少ししてアーシュは用を足し終えると、すっきりとした表情でうなずいて。
「ありがとう、シアン兄ちゃん。お待たせ」
「ううん。んじゃ、戻ろうか」
そう言いながら、アーシュの表情とは裏腹に気まずそうな面持ちを浮かべている。
2人が冒険者のもとに戻ると、冒険者達は出発しようとしていた。
先頭に立つ冒険者の手にはコンパスのようなものが握られている。




