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7-16

「……まずい、どうしよう?!」


 アーシュが震える声で言った。


 目まぐるしく変わる周囲の景色。

アーシュを中心に彼の歩幅3歩分程度の広さに切り分けられた魔宮の中で。

アーシュは1人のまま。

そしてその視界は、赤く染まったまま。


 アーシュはギルベルトの付加した『加護の印(スクード)』が浮かぶ場所に視線を向けた。

その文字の羅列を見ると、端の文字から瞬く間に薄くなって。

ついには1文字、2文字と消えていく。


 アーシュからは自分を襲う魔物の姿は見えなかった。

どれだけ素早く視線を切っても影も形も捉えられない。


 アーシュの脳裏によぎる、ズタズタに切り裂かれた冒険者の姿。

いでアーシュはそれが自身の身に起こるのを想像してしまった。

不気味にうごめく無数の足。

その鋭い足先が体を這い回りながら突き立てられるのを考えて身震いする。

 

 アーシュは視線を切り続けながら、周囲に意識を集中。

だがやはり魔物の姿は捉えられない。

感じるのは渓谷から飛び降りる前から感じる空気感の違いのような、判然としない違和感。

そしてその空気のうねりのようなものが左腕にまとわりつく感覚。


 アーシュはかぶりを振った。

左腕の特に顕著けんちょな違和感を意識から振り払う。


「今は魔物を……でもどうやって?」


 その視界を染める赤。

見るもの全てを赤く染め、人の瞳を魔人のように発光させて見せる幻覚こそが魔物。

だが分かっていても、実体のない魔物を斬る事のできる剣をアーシュは持っていない。


「ディアス兄ちゃんみたいに実体がないものも斬れる剣があれば────」


 そこでアーシュは気がついた。


 アーシュは剣の1つを抜いた。

切っ先のない、複数の節のある片刃の剣。

その剣の剣身けんしんがしなり、その先端が柄に繋がって。

その剣は円を描き、輪刀りんとうへと姿を変える。


 たが形を変えたそれは刃が逆だった。

外側に向けられるはずの刃が内側に向かい、輪刀りんとうを持つアーシュは自身の得物に刃を突き付けられる形になる。


 アーシュは輪刀を操作した。

宙に浮いた円形の刃がアーシュを囲ったまま回転する。


 アーシュはその回転する刃を自分の背中へと押し当てるように。

だがその刃は阻まれた。

アーシュにとって絶対の死角であるその背中で実体化していた魔物の一部。

その魔物の甲殻を削り、その肉へと刃が入る。


 アーシュは操作する輪刀から手応えを感じて。


「やっぱり……!」


 アーシュは『手招く亡霊の家シュティレ・タイルメーナ』での戦闘を思い出していた。

普段は実体を持たないゴースト種の魔物でも、物理攻撃の際には実体を伴う。

アーシュに攻撃を加えている魔物も、死角で実体化していると予想しての攻撃。


 アーシュは肩越しに背後を振り返った。

その視線の先に魔物の花弁のような口があって。

アーシュは一瞬ぎょっとするが、すかさず別な剣を操作して放つ。


「そうだよね。実体化しなきゃおれに攻撃できない」


 放たれた剣の切っ先が魔物の口からその頭へと貫通した。

短い断末魔。

いで体の一部だけを実体化させていた魔物はその全身をあらわにし、ぐらりと傾く。


 今も高速で移動する切り分けられた魔宮。

倒れた魔物の長い巨体がその境を越えるとボンと音を立てて切断される。


 頭部を失った魔物の体の残りが激しくのたうった。


「え」


 その体が鞭のようにしなり、アーシュの体を弾き飛ばす。


 軽々と宙に舞うアーシュの華奢きゃしゃな体躯。


 アーシュは操る輪刀の刃が自身を傷つけないよう距離を一定に保って。

だがそれよりも危険なものが眼前に迫っていた。

つい先程、魔物の首を一瞬で切り飛ばした切り分けられた魔宮の境目。

アーシュの体は勢いのままにその境を越えてしまう。


その頭が。

その首が。

そして肩を越えた辺りで『加護の印(スクード)』の羅列は残り2文字に。

さらに胸、胴を越えると残り1文字。

腰から太もも、ついには膝を過ぎた辺りで、文字が────


「『その刃、(ソード・)風とならん(ウィンド)』!!」


 魔物の頭部を貫いた剣を操作。

自身に向けた刃。

そして放たれた切っ先が肩を捉えて。

剣の勢いを得てアーシュは加速する。


 最後の文字が消える間際。

アーシュはなんとかその境を越えた。

だがこの勢いのままでは次の境にぶつかる。


「…………っ!」


 アーシュは操作する剣で自分の肩を刺し貫いた。

そのまま剣の軌道を変え、自分の体を魔宮の床へと縫い付ける。


 肩に走る激痛にアーシュは思わず目を固くつむり、痛みにうめいた。

それと同時に輪刀に伝わる手応え。

アーシュが目を閉じると同時に、息つく間もなく次の魔物が実体化していて。

回転を維持していた輪刀の刃を受けて魔物がもだえる。


 アーシュは歯を食い縛りながら薄目を開けた。

涙でにじむ視界の先には、うねうねとのたうつ長い体と不気味な口。

アーシュは輪刀を操作し、魔物の体を両断する。


 切断された魔物の体はしばらく体をくねらせていたが、それも徐々に勢いを失い、ついには静止した。


 そして飛ぶように過ぎていた景色が、止まる。


 アーシュは、はぁはぁと荒い息づかいで周囲に視線を向けた。

ちぐはぐな様相の床と壁、天井が通路を形成し、そこには他の冒険者の姿もあって。

だが半数以上は魔物にやられ、傷だらけの姿で倒れている。


 アーシュは自分の右肩を貫く剣に視線を向けた。

剣を操作してその刃を引き抜くと、激痛に襲われて。

その目からぽろぽろと涙がこぼれる。


 アーシュは肩を押さえ、泣きながらも立ち上がった。

周囲の冒険者に視線を向ける。


「…………あれは」


 アーシュの姿に気付いた1人が呟いて。

その1人は得物である短槍を床から引き抜いた。

するとその周囲に浮かんでいた稲妻の輪が霧散。

そのかたわらで黒焦げになっている魔物をまたぎ、アーシュのもとへ。


「アーシュガルド、くん?」


 アーシュはその呼び掛けに振り返った。

ツンツンに逆立てた短髪と切れ長の瞳。

軽鎧けいがいとその手に握る短槍を見て。

未だに視界を覆う幻覚でその全身が赤く染まり、その瞳は魔人のように発光して見えたが、その顔立ちには覚えがある。


「シアン兄ちゃん!?」


 アーシュは思わず叫んだ。

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