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「……かなりご無理をなされているのでは。やはりあと二晩待たれた方が良かったのではありませんか?」
恰幅のいい冒険者はギルベルトに追従しながら言った。
「確かに青い月の晩を待てば世界の上塗りはより色濃くなる。だがそれを待つ事はできない」
ギルベルトは大階段を進む冒険者の隊列を見上げながら、自身も階段を進む。
「『現行世界』の星からの剥離には、まだ多くの猶予があるはずです」
「現状ではそうだ」
ギルベルトはそう言うと振り返って。
「だがその時計の針を進めようとしている者達がいる。導火線の火が燃え移るのを待ちきれずに直接爆弾に火を点けようとする輩だ。遠くない未来に彼らは自ら世界の終焉を招く。ならやつらの思惑が成る前に私が手を打たねばなるまい」
ギルベルトの言葉に冒険者はうなずく。
「ごもっともです。……ですが、それを成すべき貴方が倒れられたらどうなさるおつもりです」
「私個人は何の力も持たない。勇者なんて祭り上げられても、私は他の冒険者の手助けがなければ低難度の魔宮の攻略もできないんだ」
ギルベルトはあからさまなため息を1つ。
次いで肩をすくめて。
「他の勇者の称号を与えられた冒険者や英傑と私は違うのさ」
「またまた。その理想とその在り方には迷いなどないでしょうに」
恰幅のいい冒険者が言うと、ふふふと笑うギルベルト。
「確かに私に迷いはない。フリードはしょせん肩書きだと言っているが、私はこの勇者の称号を気に入っている。私の理想が勇者の願うそれだと認められたような気がするからね」
「ギルベルト様は凄い御方ですよ」
ギルベルトの斜め後ろを歩くスカーレットが言った。
「そんなことはないよ」
「いえいえ。とても素晴らしい御方だと思います!」
「……そうだろうか」
「そうですよ!」
「1人ではスライムも倒せないのに?」
「それは……」
スカーレットは思わず言葉に詰まった。
「それは…………」
スカーレットはなんとかフォローを捻りだそうと。
「それは…………あはは」
だが何のフォローも出てこなかったため、愛想笑いでごまかす。
「ねぇちゃん、サイテー」
蔑むような声。
「うっさいわね! だってスライムよ! あのスライムよ?!」
スカーレットが声を荒らげた。
「とか言って。ねぇちゃんも俺もスライムには1度痛い目見てんじゃん。最低難度の永久魔宮に潜って、スライム相手に死にかかったのは俺の記憶違いー?」
そう言ってけらけらと笑う。
「……あれは普通のスライムじゃなかったもの。ノーカンよ、ノーカン」
「ふむ、普通じゃないスライムと言えば────」
ギルベルトは突然目を輝かせて。
「これは私が駆け出しの頃だったか。勇者の称号を得た直後だったか」
「勇者の称号を得る直前の永久魔宮の話ですね」
恰幅のいい冒険者が言った。
「私は冒険者を引き連れ、その永久魔宮の探索と魔物の掃討の依頼を受けたんだ」
「ほうほう、それは。……あ、ちなみにギルベルト様の旅路や攻略なんかの思い出話は長いですよ」
冒険者は大袈裟に相槌を打つと、そっと耳打ちした。
「その魔宮は黒骨の魔王のテリトリーの西側にあったのだが」
次いでギルベルトの話に耳を傾けつつ、困ったように笑って言う。
「そしてちゃんと聞いてあげないと、拗ねます」
ディアス達は周囲を見回した。
突然ディアス達と冒険者の体に現れた新たな文字。
その文字が体に浮かぶと冒険者達は飛躍的に膂力を増して。
冒険者達は反撃に出ると瞬く間に魔物の群れを討ち倒す。
「けけけ、危なかったね。あと少しでするとこだった」
エミリアが笑いながら言った。
瞳に強く燃えていた赤の輝きは弱まって。
エミリアは目深に被ったフードの陰から、彼女の瞳に気付いた者がいないか窺う。
「アムドゥス、これも観測不能か?」
ディアスが声を潜めて訊くと、アムドゥスはフードの陰から額の眼で周囲を観察して。
「ああ。俺様の『創始者の匣庭』じゃ観測できねぇ。ケケケ、だがステータスの上昇値がけた違いだぜぇ? ここまでの上昇は武具の装備やスペルアーツのバフなんかじゃ到底無理だな。純粋な力だけならほとんどの冒険者が嬢ちゃんと同等かそれ以上になってやがる」
「その言い方だと、エミリアのステータスは上がってないのか?」
「ケケケ、その通り。んでお前さんはお前さんのステータスの上限値で頭打ちだ」
「やはりそうか」
ディアスは呟くと、襲いかかってきた魔物2体を斬り伏せた。
キャサリンは拳を握って開いてを繰り返していて。
次いでそれとなく魔物目掛けて拳を振るうと、その一撃を受けた魔物の体が弾け飛ぶ。
「発動までにずいぶんと待たされたけど、1度発動すれば破格ね。これだけのバフを全体に付加できるなら他のバッファーはいらないって言うのも納得だわ」
キャサリンが感心したように言った。
少しすると魔物はもう数えられる程度にしかいなくなって。
ディアスは魔宮の先へと続く通路に視線を向ける。




