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「違うよ。おれ達は魔人じゃ、あー…………」
アーシュは否定しようとしたが、隣に立つディアスとエミリアを横目見ると言葉に詰まった。
「ケケケ。そこで詰まるんじゃねぇよ、クソガキ」
苛立たしげに呟くアムドゥス。
そして案の定、冒険者達はディアス達に対する不信感を強めて。
「なんだ? なんでそこで言葉に詰まる?」
「本当にこいつら魔人なんじゃないのか!?」
「やっぱりそうか!」
「魔人を殺せ!」
冒険者達が武器を構えようと。
その刹那。
ディアスは無言で短剣を振りかぶった。
その剣の魔力を解き放つ。
「ソードアーツ『虚ろなる者、その手に求めて』」
振り下ろされた刃。
宙に残された歪な剣閃。
そこから無数の腕が現れた。
魔宮の幻覚によって赤く染まった腕が伸び、今にもディアス達に躍りかかろうとしている冒険者を掠めて。
その腕は魔宮の床を叩きつけると姿を消す。
「俺達は冒険者だ」
ディアスが言った。
次いで周囲を見回し、冒険者達に視線を返す。
「今のソードアーツはその証明だ。敵意はない。そしてそもそも俺達は後続だ。この広間に入ってきてから、この場所を動いていない」
「先に魔宮に入った冒険者を襲うのは私達には無理よ。そんな動きを見せれば誰かが見てるんじゃないかしら」
頬に手を添えながら言うキャサリン。
その時、悲鳴が響いた。
冒険者達は後ろを振り返り、ディアス達も遠くに目を向ける。
「くそ、またやられた!」
「ちくしょう」
「どこにいやがる?!」
ディアス達の場所からは直接見えはしなかったが、その周囲の冒険者の反応からまた犠牲者が増えたのが分かった。
「私達はたくさんの冒険者に見られてたもの。これで私達の疑いは晴れたかしらね」
キャサリンはそう言うと素早く視線を切り、冒険者達の視線を窺う。
「……ごめんなさい」
アーシュが言葉に詰まった事を謝罪した。
申し訳なさそうにディアスとエミリア、キャサリンを見る。
「気を付けないとダメだよ。アーくん」
エミリアが言った。
冒険者の一部は未だにディアス達の様子を窺って。
だがほとんどの冒険者達はまた周囲に視線を走らせていた。
どこに潜んでいるとも知れない敵を探す。
「こいつ、今俺に斬りかかろうとしやがったぞ!?」
その時、広間の一角で声があがって。
目を向けると大剣使いの冒険者が囲まれていた。
「違う、誤解だ! 俺は斬りかかろうなんてしてない!」
大剣使いは必死の形相で否定する。
「おい皆、こいつが魔人だ!」
「だから違う!」
「私も彼がさっきも怪しい動きを見せたように感じました」
「やはりそうか!」
「だから、違うんだ……!」
大剣を持った冒険者は必死に周囲に視線を向けた。
だが返ってくるのは鋭い視線。
魔宮の幻覚によって赤く発光して見える眼は、その威圧感を増す。
冒険者はすがるように他の冒険者を見るが、皆一様に疑惑の眼差しを向けていた。
周囲を囲む冒険者達は武器を構えながらにじり寄る。
「本当に違う! 違うんだ! 話を……聞いてくれ!」
大剣使いがどれだけ叫ぼうとも、冒険者達はその足を止めない。
「ああ、くそ! ソードアーツ────」
疑いの目を向けられた冒険者は得物である大剣を振りかぶった。
その剣の魔力を解き放って。
振り下ろされた刃からは三日月型の斬擊が疾る。
「ほら! ソードアーツだ! これで俺は魔人じゃ────」
大剣使いの冒険者は必死の形相の中に、僅かに自分が魔人ではないことを主張できたという安堵が滲んだ。
思わず笑みをこぼしそうに。
だがその表情が突然、凍りついた。
青ざめた冒険者の視線の先には、三日月型の斬擊波に巻き込まれて傷を負った冒険者の列。
無我夢中で放たれたソードアーツの刃は、多くの冒険者を巻き込んでいた。
その斬擊波の軌道上には無傷な者も大勢いたが、中には致命傷になっている者も見える。
「貴様……! よくもっ!!」
胴を両断された仲間を抱いて。
1人の冒険者は憎悪に満ちた瞳で大剣使いの冒険者を睨んだ。
「違う。違うんだ。俺は……悪くない。悪くない!」
大剣使いは得物である大剣を取り落とした。
鈍い音をあげ、大剣が床に転がる。
「俺は冒険者だった! ソードアーツを見たろ!」
「ああ、見たぜ。お前のソードアーツで何人もやられるとこをな!」
「冒険者の俺を疑ったのが悪い! 俺を疑ったやつが……こいつが悪いんだ!」
大剣使いは最初に疑いをかけてきた冒険者を指差した。
大剣使いに指を向けられた冒険者は剣を構えて。
「黙れ。味方殺しの裏切り者!」
冒険者は自分を指し示すその腕に向かって剣を振るった。
閃く刃。
次いで大剣使いの腕が飛沫を上げながら宙に舞う。
「あぁあ…………!」
大剣使いは尻餅をついた。
苦悶に歪む表情で切断された腕を押さえながら後ろへと後ずさる。
「冒険者である俺に疑いをかけて! 人を斬るのにもためらいがない! ソードアーツを使った俺を! こいつだ! こいつを殺せ! こいつが魔人だ! 殺せ!」
大剣使いは声を張り上げ、早口で言った。
その大剣使いの頭上には大きく振りかぶられた剣。
「殺した奴らに、死んで詫びな」
冒険者は大剣使い目掛けて剣を振り下ろす。
眼前に迫る鋭利な刃を前にして。
大剣使いは自分の死を覚悟した。
目を固く瞑る。
「────『その刃・風となりて』!」
その時、鋭い風切りの音と共に。
アーシュの投げ放った剣が加速し、大剣使いに振り下ろされようとしている剣を弾いた。
アーシュはすかさず投げ放った剣に意識を這わせ、そのコントロールを得て。
「人間同士で殺し合うなんて間違ってるよ!」
アーシュは叫びながら剣を操り、周囲の冒険者を牽制する。




