7-6
白んだ空。
空に浮かんでいた赤い月が徐々に色を失い、その姿を消して。
次いで黄金色の光が地平線の先から射し込んだ。
朝日に照らされると、冒険者達はその眩しさに目を細める。
巨大な渓谷の縁に冒険者達は列を連ねていた。
それぞれの手に愛用の得物を握り締め、眼下に広がる広大な魔宮を見下ろしている。
「スペルアーツ『光弾魔象』」
そして空へと走る赤い閃光。
その閃光が弾けると、それを合図に冒険者達は跳んだ。
次々と眼下の魔宮目掛けて飛び降りる。
「我が声を聞け、旧き者────」
【緑の勇者】ギルベルトは逆手に握った長剣を杖のように掲げて。
「ここに甦れ『青き月』」
ギルベルトの剣の柄の先に備えられた大きな宝珠が光を放った。
その光が辺り一帯に瞬く間に溶け込み、その空気が変わる。
五感では感じ得ないその変化。
だが確かにここに集った冒険者達はそれを感じた。
思わず冒険者達は視線を周囲に走らせて。
自分達が突然見知らぬ土地に飛ばされたのではなく、変わらず渓谷にいるのを確認する。
「『加護の印』」
ギルベルトは続けて術式を起動した。
それによって冒険者達の体に見慣れぬ文字の羅列が浮かぶ。
そして続々と冒険者達が魔宮の屋根へと着地した。
渓谷の縁から魔宮の屋根までは、生身なら即死は免れないほどの高低差があって。
だが着地した冒険者達は無傷のまま。
代わりにその体に浮かんだ文字のいくつかが消える。
「アムドゥス」
ディアスが呼び掛けると、アムドゥスはフードの陰からその顔を覗かせた。
額にある眼に意識を集中させ、その瞳に7色の光が走って。
周囲の景色と冒険者に浮かんだ羅列を注視する。
「…………あん? なんだこりゃあ」
だがアムドゥスは思わず呟くと首をかしげる。
「どうした、アムドゥス」
「ケケ、『創始者の匣庭』による観測ができねぇ」
「観測が、できない? あの結晶の能力と同じってことか?」
ディアスが訊ねると、アムドゥスは首を左右に振って。
「ケケケ。いいや、違うぜぇ? あの結晶化の能力は観測がエラーになったが、今回のはそもそも観測ができねぇんだ。例えるなら結晶化の能力は、単語の読み取りはできたが意味が分からねぇ。それに対して今回はそもそも単語を読むことすらできない感じだ」
「根本的に違う、てことか」
「ケケ、そういうことになるなぁ」
「周囲の状態や文字の羅列じゃなく、俺達の身体に変化はあるか?」
「いいや。そっちの方は観測の結果に変わりはねぇ」
「そうか」
ディアスは左右に視線を向けた。
冒険者達のほとんどはすでに魔宮へと飛び降りていて。
渓谷の上に残っているのは、ディアス達を除くと数えるほどしかいない。
「どうした、怖じ気づいたか?」
荷馬車で一緒だった冒険者の1人がディアス達に声をかけた。
「まぁ無理もねぇ。なんせ、仮定だがこの規模とすでにあがってた情報から攻略難度はS相当以上って話だ。あとはこの高さだよな。降りても無事なのは見てりゃ分かるが…………」
冒険者は眼下の魔宮と、魔宮の入口へと向かう冒険者達を見下ろした。
その高さに思わず身震いして。
だが意を決すると冒険者は助走をつける。
「こっから先は危険だ。思いとどまるなら今だぜ!」
そう言い残して冒険者は跳んだ。
その体が重量に引かれてみるみる降下。
そしてその冒険者は着地すると、ディアス達に手を振る。
「今ならまだ引き返せるわよ?」
キャサリンが言った。
「……いいや、行こう」
ディアスは答えると魔宮に向かって飛び降りた。
「他の冒険者を見てると平気そうだし。じゃ、いきましょうか」
ディアスのあとを追ってキャサリンも飛び降りる。
「あ」
ディアスとキャサリンが先に行くと、アーシュは短く声を漏らした。
みるみる小さくなっていく2人を見下ろしていると思わず足が震える。
「けけ。アーくん、恐いの?」
エミリアが訊いた。
「う、うん」
アーシュ答えながらエミリアの方を振り返って。
次いでアーシュの顔がこわばる。
エミリアは目深に被ったフードの下でにやにやと笑っていた。
アーシュはその顔を見て、エミリアがなにをしようとしているかを察する。
「あ、待っ────」
アーシュの言葉を遮って。
エミリアはアーシュを強引に抱き抱えると、ぴょんと跳んだ。
「あ」
アーシュはつかの間の浮遊感を。
「あ」
そしてその体に再び重力がかかるのを感じた。
「────っ!!」
アーシュはエミリアにお姫様抱っこされたまま、声にならない叫びをあげて落下する。
そして長い落下を経てエミリアは危なげなく着地。
その小さな体にアーシュは強くしがみついていて。
ぎゅっと固く閉じられたまぶたの隙間から涙がにじんでいる。
「けけけ。アーくん、ついたよ?」
笑いながら呼び掛けるエミリア。
アーシュは薄目で素早く視線を切って確認すると、ほっと胸を撫で下ろして。
次いでゆっくりと足をついた。
数回鼻をすすると、手の甲で涙を拭う。
ディアス達は先陣を切った冒険者達のあとを追って魔宮の入口の1つへと走った。
そこから内部に侵入すると、長い通路の先が広間になっていて。
その広間に足を踏み入れると、ディアス達は視覚に違和感を覚える。
赤く染まる視界。
その広間では、あらゆるものが赤色に見えて。
そしてその広間では冒険者同士が睨み合い、斬り合いを始めようとしていた。




