7-5
「この上流は?」
ディアスが訊いた。
「この河の上流が……目的地の複合魔宮のある谷だ」
「…………」
冒険者の1人が苦々しく答えると、ディアスは次々と流れてくる無惨な姿の骸を見つめる。
エミリアとアーシュは血潮で染まった赤い河を見ると、ディアスに視線を移した。
2人の瞳には明確な意志。
キャサリンはその様子を見るとやれやれとため息を漏らして。
「んもう。寄り道はなしって昨日の夜確認したばかりなのに」
「キャシー」
「キャサリンさん」
エミリアとアーシュがキャサリンを呼んで。
キャサリンは、はいはい分かってますとうなずく。
「エミリーもアーシュガルドちゃんも。もちろんディアスちゃんも、そのつもりなんでしょ?」
キャサリンが頬に手を添えて訊ねると、ディアスはうなずいた。
「複合魔宮の攻略、俺達も参加しよう」
キャラバンは観測隊のキャンプにたどり着いて。
だがそこに人影はなかった。
人の形を保っている者は、いなかった。
そこに残されたのは赤黒い血痕と血溜まり。
むせ返るような血と臓物の匂いが鼻をついた。
そして、ずたずたに引き裂かれた肉と骨の山。
いくつも折り重なったそれは、もはやどれが誰のパーツなのか判別することも不可能なほどに。
暴虐の限りを尽くされて全滅した観測隊の姿を見て。
冒険者達は怒りと悲しみと、そして恐怖を滲ませた。
拳を強く握って歯を軋ませ、うなだれて声を震わせ、顔を歪めて自身の得物をすがるように握り締める。
「…………」
キャラバンの先頭に立つ深緑色の髪の男は、金縁の片眼鏡越しにその惨状を見ていた。
その顔は穏やかな表情のままだったが、その手に握った剣の柄を強く、強く握り締めて。
男が逆手に握った剣は柄の先に大きな宝珠を備え、その周りには装飾、剣身には細かい彫刻が施されている。
「ギルベルトさん」
深緑色の髪の男──【緑の勇者】ギルベルトは声のした方へと振り返った。
「やぁ、シアン」
「ギルベルト様」
「やぁ、スカーレット」
ギルベルトは答えるとスカーレットを見つめた。
だがすぐに視線を外して。
その刹那、その瞳には憐憫の色が浮かぶ。
「酷い……ですね」
スカーレットが周囲を見回して言った。
周囲に立ち込める臭いに顔を歪める。
「ああ。そして気付いているかい?」
ギルベルトが訊ねるとスカーレットは首をかしげる。
「なにが……でしょうか」
「…………シアンは? この惨状を見て違和感はないかい?」
ギルベルトが問うと、周囲の死体の山を見回して。
「もしかして……喰われてない、とか?」
「ああ。見たところ周囲の死体には喰われた跡がない。食事のためでもなんでもなく、ただただ殺して。まるで楽しむためだけに殺したようにも感じられる」
「生きたまま喰われるのも耐えられないけど、そんな殺され方って」
スカーレットが頭を振った。
「そして観測隊には手練れの冒険者が護衛につけていた。周囲に魔物の死体もないのを見ると、おそらく敵は相当強い」
「でも私も愚弟もついて行きますからね」
スカーレットが言った。
「ああ。分かっている。君の意志の強さは分かっているよ。君は待つだけで良かった。なのに君は私の制止を振り切って一緒に来てしまった」
苦笑混じるに言うギルベルト。
「私達はあの時ギルベルト様に助けていただいた時に、そのお力になると決めました。ギルベルト様の力になることが、私の願いにも……繋がるから」
「任せてくれ。私は必ずやり遂げる」
ギルベルトがうなずく。
「ねぇちゃんの願い? バストアップとか?」
からかうような声音。
スカーレットはすかさず足を振り上げて。
放たれた鋭い蹴り。
だがその足は虚しく空を切る。
「この愚弟。ちゃんと、蹴られなさいよ」
スカーレットは心底悔しそうに言った。
「…………ギルベルト様」
恰幅のいい冒険者が声をかけた。
「観測隊はおそらく全滅。これからどうなさいますか」
「死者も弔いたいが、真っ先に優先すべきは魔宮の攻略だ」
「体勢を立て直した方が良いのでは?」
「できればそうしたかったが、そうも言っていられなくなった」
ギルベルトは大きな渓谷の間を埋め尽くす魔宮へと視線を向けて。
「どうもキャンプから魔宮が近すぎるんだ。キャンプは魔宮から十分距離を取ったところに設営したはず。それなのに目視できるほどの距離にキャンプと魔宮がある」
「つまり…………?」
「考えたくはないが、あのでたらめにでかい魔宮は移動する」
「まさか!?」
驚きの声を漏らす冒険者。
「この地域には街や村が点在しています。避難させようにも……」
口許を手で覆って冒険者が考え込む。
「まずは観測隊の生き残りがいないか周囲の捜索を。少しでも情報が欲しい。事前に送られてきていた情報だけでの攻略は危険過ぎる」
「かしこまりました。すぐに手配をしますが、スペルアーツを使える者は少ないはず。『生者の標』の使い手がいればいいですが、いなければ探索に時間をとられます」
「刻限は夜まで。いつ魔宮に動きがあるとも知れない。警戒を怠らないよう伝えてくれ」
ギルベルトは双眸を鋭く細め、魔宮を睨んで続ける。
「そして明朝。複合魔宮の攻略を開始する」
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