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「エミリアは人を喰うのが嫌なんでしょ。エミリアはいつもおれに見られないようにしてるけど、おれ知ってるよ。いっつもエミリアが泣いてるの」


「…………うん。あたしは人を喰うのが嫌い。できることなら喰いたくなんてない。でも……あたしがこいつを生かしたせいで、また村の人達が傷つけられて。そして何人も、死んだ。これはあたしとこいつの罰。こいつは生きたままあたしに喰われて、あたしはこいつを生きたまま喰う」


 エミリアの血にれたくちびるの隙間から震えた吐息といきが漏れて。


「人を生きたままに喰う。それで、あたしは魔人なんだ、化物なんだって思い知らされる。あたしはこんな化物なのに。なのにそれでもあたしは────生きたい」


 エミリアは首をすくめ、顔を伏せた。


「初めて会ったときに、アムドゥスにかれたんだ。生きたいか? って。そして言われたの。生きるのに誰かの許可なんかいらないって。でもそれをこの世界は許してくれない。誰もがあたしの──魔人の死を願ってる」


「でもエミリアはディアスと一緒に魔人を倒してる。喰ってるのだって…………盗賊とかの……悪い、人達だ」


 徐々に消え入るように小さくなったアーシュの声。

それを聞いてエミリアはたずねる。


「……ねぇ、アーくん。あたしがどうして魔人を倒してると思う?」


「どうしてって……。魔人から他の人達を助けるため、だよね」


「違うよ。それは建前。あたしはアーくんが思ってるような良い子じゃない。魔人堕ちをしたのは皆を助けたかったからだよ。でも今戦っているのは許されたかったからなの。あたしが生きている事を許してほしかったの。誰かのためじゃない。結局全部あたしのため」


 エミリアは顔を伏せたまま続ける。


「ホントは戦うのだって怖い。でもあたしは前に出て戦わないといけない。魔人から人を救うために。そうじゃないと人を喰ってまで生き永らえる理由にならない。あたし1人が生きるためだけに他の多くの人が死ぬなんて、許されないもん」


 嗚咽おえつ混じりに語るエミリア。

彼女はそのむべき象徴である赤く光る目を泣きらして。


「でも戦うためには……よりたくさんの人を喰わなきゃいけない。あたしはただ生きたかっただけなのに。そのためには人を喰って、その代わりに戦って、そしてまた戦うために人を喰う」


 エミリアの脳裏のうりに、自身が喰った多くの人達の最期がよぎった。


「だからあたしはこの男が許せない。生きたいだけなのに。なのにこんなに苦しくて、いっそのこと死んじゃいたい思いをしないと生きられない身体にしたこの男が憎くて、憎くてたまらない……!」


 心情を吐露とろしたエミリア。

アーシュはその傷だらけの身体を強く抱き締めた。

自分よりも一回り小さくて華奢きゃしゃな少女。

その身体が小刻みに震えていているのを感じる。


「…………エミリアはもう十分に苦しんでる。だからもう、これ以上1人で背負い込まないで」


 アーシュはそう言うと剣を構えて。

剣の切っ先を下に向け、キールの首に狙いを定めた。

アーシュはその剣を突き立てようと。

だがその手をブルブルと震わせ、その剣を振り下ろせずにいる。


「アーくんは人を殺したこと、ないよね」


 エミリアが言った。


「だからこれからも殺さなくていい。殺さないで」


 エミリアにそう言われても、アーシュは剣の切っ先を向けたまま。

だがその刃を振り下ろす事はやはりできない。

アーシュの目からまた涙がぽろぽろとこぼれる。


 キールは薄れ行く意識の中でエミリアとアーシュを睨んだ。

最後の力を振り絞り、身にまとう鎧に明滅する光が────


「ケケ。はい、ドーン」


 結晶のドームの天井ギリギリにまで飛翔ひしょうしたアムドゥス。

アムドゥスは勢いよく降下し、アーシュの握る剣の柄に体重をかけて着地。

その刃がキールの首に深々と突き刺さった。


 最後に大きく目を見開いたキール。

そしてそのまぶた弛緩しかんして緩やかに半眼になると、キールは完全に静止する。


 アーシュは思わず剣の柄から手を離した。

柄の先端に降り立ったアムドゥスを見る。


「ケケケケケ! 安心しな。殺したのは俺様だ」


 アムドゥスがアーシュに言った。

いでアムドゥスはエミリアに視線を向ける。


「嬢ちゃんのかたき、俺様が奪っちまって悪かったなぁ。ほんとは嬢ちゃんが自分の手で殺したかったんだろうが……ケケ、殺したのは俺様になっちまった」


 アムドゥスはエミリアの肩に跳び移った。


「ケケケ、怒ってるかぁ? 嬢ちゃん」


 そのままエミリアの顔を覗き込む。


「…………うん」


 エミリアがうなずいた。


「そいつはあたしが、殺さなきゃいけなかったんだ」


 そう言うと大きく息をついて。


「でもね。でも……ありがと、アムドゥス」


「あん? なにがだぁ? ケケケケケ」


 笑い声をあげるアムドゥス。


 エミリアはアムドゥスに向かってもう一度言う。


「ありがと、アムドゥス」


「なんの礼なのかさっぱり分からねぇが────」


 アムドゥスはとある方向に視線を向けて。


「それよりブラザーに手を貸してくれ」


 アムドゥスが目で示した先。

その先にはディアスが倒れていた。

横たわるディアスは身動みしろぎ1つしない。

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