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崩れていく焼け焦げた肢体。
それを見てディアスとアーシュ、アムドゥス、そして誰よりもキールが顔色を変えて。
キールは剣を振りかぶり、剣身を覆う結晶に蓄えた光を今一度放とうと。
だがそれよりも早く。
焼け焦げた巨体の胸を突き破る青い刃。
青のハルバードが内側から胸を穿ち、そこからエミリアが飛び出した。
「ケケケ! 自分と重ねるようにボスを召喚して、その身体を盾にしやがった!」
アムドゥスが笑う。
エミリアは着地と同時に焼けた大地を蹴り、キールへと疾走。
キールは向かってくるエミリアに向かって剣を振るった。
放たれた光の刃が刹那の閃きとなって。
エミリアはその瞬きと同時に横に跳んだ。
その横を光が走り抜け、次いでその轍に焔が上がる。
キールは剣の切っ先を下に向けた。
明滅する光が刃へと集まって。
キールは剣を地面に突き立てようと。
その時、エミリアは強く地面を踏み締めた。
体をよじり、腕をしならせて。
投げ放たれた斧槍が勢いよく回転しながら宙を駆けた。
次いでザンと小気味良い音。
剣を握ったまま、キールの右腕が宙に舞う。
「────っ?!」
わずかな間を空けてキールは片腕を失った事に気付いた。
思わず自分の肩へと視線を向けて。
その背後では結晶の壁にエミリアのハルバードが突き刺さる音。
そしてドサリとキールの腕が傍らに落ちる。
「あ、あぁ…………!」
震える声音でうめき声を漏らすキール。
その肩の傷からはおびただしい量の流血。
次いでキールは慌てて正面に視線を向けた。
そこには目前に迫る赤い光が2つ。
その眼光が光の尾を引いて。
エミリアは跳躍した勢いのままに、キールに躍りかかる。
焼けただれた小さな手がキールの首へと伸ばされて。
キールは左手に光を集束させ、エミリアの手を慌てて払いのけた。
同時に閃光が走り、エミリアの手が結晶に包まれる。
キールはすかさず視線を切った。
もう一方のエミリアの腕が、ディルクの剣の毒によって動かないのを素早く確認する。
思わずほくそ笑むキール。
そしてその顔を睨むエミリア。
エミリアはその視線を下へとおろした。
キールの首筋を捉えて。
次いでその首に喰らいつく。
エミリアは獣のようにキールの首を喰いちぎった。
同時にキールの体を蹴り、後ろに飛び退く。
喰いちぎられたキールの首筋から噴き出す血潮。
キールは残った左手で肩を押さえ、次いで首筋と交互に傷を押さえた。
だが流れ出る血が、瞬く間に地面に大きな血溜まりを作る。
キールはうろたえながら後ずさった。
その先には口許を真っ赤に染めたエミリアの姿。
燃え盛る炎を背にしたエミリアの表情は逆光で読みとれない。
だが赤く浮かび上がるその双眸には、畏怖を覚えずにはいられなかった。
キールの背筋を冷たいものが走る。
エミリアはゆらりと体を揺らしながら、1歩前へと踏み出した。
「ま、待ってくれ」
キールが言った。
「…………」
エミリアは答えない。
獲物を追い詰めるように、じりじりと前へと進んでいく。
「来るな」
「…………」
「来るな!」
「…………」
「頼む、来ないでくれぇ!」
懇願しながら後ろへと下がるキールだが、その背がドンとぶつかった。
背後を横目見たキール。
その先には自身が生み出した青白い結晶の壁。
キールはその壁を凝視して。
そして目の前にエミリアの気配を感じる。
「私が悪かった! 今度こそ心を入れ替える! 待ってくれっ……! 嫌だ! 私は死にたくない! それも、生きながら喰わ────」
そこでキールの言葉が途切れた。
キールはその喉笛を喰いちぎられて。
必死に叫びを上げようとするがそれは声にならない。
悶え苦しむキール。
地べたを這い回り、必死に逃れようと足掻いた。
だがその体は徐々に動きが鈍くなっていく。
その姿を冷たい目で見下ろすエミリア。
彼女は粛々と事を進める。
その姿を無言で見つめるディアスとアーシュ、そしてアムドゥス。
だが耐えかねたアーシュが駆け出した。
斬り落とされたキールの腕。
その手が握る剣を手に取ると、エミリアとキールのもとに走る。
「エミリア!」
アーシュはエミリアの肩を掴んだ。
だがエミリアは答えない。
「エミリア!!」
アーシュは強引にエミリアの肩を引いた。
「ごめん、アーくん。見ないで」
エミリアはアーシュに顔を向けずに言った。
「こんな姿、あたし見られたくない」
「こんな事しなくていいよ」
アーシュは頭を振りながら言った。
その紫色の瞳からは涙がこぼれる。
「ダメだよ。こいつをあたしは許せない。こいつは苦しんで苦しんで。自分の行いを悔やんで悔やんで死なないとダメなの」
アーシュはぶんぶんと首を左右に振った。
「アーくんは知らないんだよ。こいつがどんなに酷いやつなのか。こいつのせいでたくさんの人が殺された。だから────」
アーシュはエミリアの言葉を遮り、その体を強く抱き寄せて。
「こいつは酷いやつだ。おれが知らない事もきっといっぱいある。でもさ」
アーシュはエミリアの顔を横目見て続ける。
「エミリアがこれ以上苦しむ必要は、ないよ」
アーシュはエミリアの顔を。
くしゃくしゃに歪んで涙を流しているエミリアの顔を見て言った。




