6-27
エミリアの視界を目映い光が覆って。
エミリアはすかさず腕とハルバードを盾に。
だが肌を焼く灼熱の輝きに思わず苦悶の声が漏れた。
際限なくソードアーツの輝きが結晶の柱に反射し、エミリアはあらゆる方向からの熱光に曝される。
目も眩むような光の先から漏れるエミリアの苦痛に満ちた声。
キールはその声を聞いて、顔を醜悪にほころばせて。
「小娘が。もがき苦しみながら灰になるといい。本当はもっと苦しめてやりたいところだったが」
アムドゥスは光に飲まれたエミリアからディアスに視線を移した。
「ブラザー、先に言っとくが力は使うなよ? どうせ今の状態じゃ剣の展開の前にお前さんは永久魔宮化しちまう。そしてあの大剣の召喚にも魔力を使うからできねぇ。今のお前さんにできることは何もねぇからな。なんせ、お前さんが永久魔宮化しちまったら終わりだからなぁ」
「…………」
ディアスはアムドゥスに答えない。
ただ歯を軋ませながら光に飲まれたエミリアの方を見つめている。
その隣でアーシュは必死にその意識を走らせ、操る事のできる得物を探して。
だが結晶のドームの中にはキールの剣とエミリアのハルバードしかない。
意識をドームの外にも向けるが、見えないものを捉える事は現実的にほぼ不可能だった。
「うぅ……」
アーシュは小さく唸った。
その顔はくしゃくしゃになって、今にも涙がこぼれそうになる。
「おれは……結局、役に立てない」
苦々しく呟くアーシュを、ディアスは横目見た。
「…………」
次いで光の先へと再び視線を向けて。
「俺は才能がない。ステータスに恵まれず、魔力も無くて」
ディアスは光に向かって1歩踏み出す。
「遠隔斬擊の扱いは悔しいがアーシュの方が才能がある。俺の戦い方をアーシュが踏襲するなら、全盛期の俺よりもいずれ強くなるだろう」
ディアスはさらに前へ1歩。
「他にもアーシュが持っていた才能があって。だがその才能にかけては俺はアーシュにも負けない」
「ディアス兄ちゃん……?」
凄まじい熱を放つ光に向かって進むディアスに、アーシュは不安げな眼差しを向けた。
「『努力できるのも才能だ。』」
ディアスは幼少期に何度も口にしていた、己を鼓舞する言葉を口にする。
「ケケケ、わりとよく聞く言葉だが、ブラザーはその意味が真逆だな」
アムドゥスが言った。
「大抵その言葉を口にするやつは、決まって自分が努力しない事の言い訳に使う。生まれながらの才能もなく、ひたむきに努力する事もできない。自分が凡庸なのも、それ以下なのも仕方がないってなぁ」
「『努力できるのも才能だ。だから俺は諦めない。』」
ディアスは光に向かって突き進む。
「だがブラザー、『千剣魔宮』の使えない今のお前さんに何ができるんだぁ? その身体は自食の刃でほとんどが侵食されてる。剣の操作と併用しないともう歩くこともままならない。そんなお前さんが────」
「そんな俺だからだ」
ディアスはアムドゥスの言葉を遮って。
「今の俺の身体はほとんどが刀剣に置き換わってる。肉を焼かれる事も骨を焦がされる事もない」
「無茶だ。やめときな」
アムドゥスはディアスを制止する。
ディアスは肩にとまるアムドゥスに視線を向けた。
アムドゥスの丸い眼を、その赤い瞳でまっすぐ見つめて。
「俺が止まると思うか?」
「ケケケケケ!」
アムドゥスはディアスの問いに笑い声を漏らす。
「止まらねぇな!」
「ククッ」
ディアスは小さく笑うと、エミリアのもとへと急いだ。
だがすでに光の先からエミリアの声はない。
煌々《こうこう》と灯る、太陽のような輝きの中からは何かが動いているような気配はなかった。
「無駄だ」
キールはディアスの動きに気付くと言った。
「あれはソードアーツ『地を駆ける陽光』の光を反射させて絶えず対象を焼き続ける。1度放ったその光が過ぎ去るのを耐えるのとはわけが違う」
キールは剣を振るい、ディアスの行く手に鋭く荒々しい結晶の刃を無数に作り出して。
「貴様はまだ死んでもらうわけにはいかん。そこの魔物を捕まえなければならんからな。すでに小娘は消し炭だ。死んだ魔人堕ちのために今すぐ死ぬ必要はあるまい?」
そう言うとキールは嘲笑を浮かべた。
莫大な光量を湛えるそこに、剣の切っ先を向ける。
ソードアーツによって放たれた光は反射すると、キールの握る剣へと集束。
剣身を覆う結晶の中で吸収された光が乱反射した。
ついには刃全体が蓄えた光に包まれる。
そして光が晴れた先には黒煙と、熱泥となった大地の赤熱する鈍い光。
その中心には真っ黒に焼け焦げたそれが佇んでいた。
それは膝を折ってうなだれていて。
そしてその両腕と頭は、そこにはなかった。
残された身体も徐々に崩れていく。




