6-21
「…………」
甲冑の戦士は最後にディアスを一瞥すると、撤退する。
ディアスは甲冑の戦士が撤退すると膝をついた。
全身の傷から血が滴り、刃の欠片がパラパラと落ちる。
「ディアス兄ちゃん!」
今にも倒れそうなディアスに、アーシュが駆け寄った。
その体を支える。
「────邪魔立てしてきたかと思えば、のこのこと逃げ出しおって」
ディアスは背後へと視線を向けた。
青白い結晶の壁の先には、キールの姿が透けて見えていて。
キールは苛立たしげに甲冑の戦士が消えた先を睨んでいる。
だが次の瞬間には、キールは慌てて視線を切って。
砕かれた結晶の壁。
振り抜かれた青のハルバード。
舞い上がる破片の先には、赤く燃える双眸が覗く。
キールはエミリアの瞳に視線を返して。
「小娘が────」
キールの纏う結晶の鎧に刻まれた紋様。
その上を幾筋もの光が走った。
「忌々《いまいま》しいその目で私を見るな!」
キールは明滅する光を剣の切っ先へと集束させる。
同時にキールへと躍りかかるエミリア。
キールの放った瞬く光が地面を走って。
エミリアは空中で体をよじり、ハルバードを振りかぶった。
その眼前で光が炸裂すると、斧槍を振り下ろす。
展開される幾重にも連なる青白い結晶。
だが結晶はその花弁を散らして。
結晶の破片が剥がれて舞い上がった。
同時にハルバードの刃から赤い輝きの奔流が立ち昇る。
「…………」
言葉はない。
エミリアは顔を上げ、ただ無表情に。
だがその瞳には激しい怒りが渦巻いていて。
炎が爆ぜるように、その目からは赤い光が散る。
エミリアは顔を上げるとすかさず前へと駆けた。
振り下ろした斧槍の重たい刃を引きずるように。
地面を抉りながら走る重厚な斧刃。
次いでその刃が跳ね上がって。
エミリアはハルバードを頭上に振りかざすと、瞳から溢れ出す赤の光をハルバードに纏わせる。
「ソードアーツ────」
キールは地面に突き立てていた剣を抜いた。
逆手に握っていた剣を素早く回転させ、その刃を振りかぶって。
「『地を駆ける陽光』!」
振り下ろされた剣から、光の尾を引く剣閃。
次いで辺りを飲み込む、目も眩むような輝き。
膨大な熱を内包する光の刃が音もなく駆け抜けて。
それはエミリアを飲み込んだ。
剣閃が走った焼け焦げた轍から、一拍の間を開けて紅蓮の炎が吹き出す。
「私の剣こそあまねく照らす光。そして忌むべき魔人を焼く業火よ」
キールはそう言って、にやりと笑みを浮かべた。
だが明々と燃える炎の先からは、炎の輝きよりもなお強く燃える赤い光が2つ。
それはキールを凝視していて。
「『緋色の咆哮』……!!」
燃え盛る炎を打ち払い、駆け抜けるのは拡散する赤い輝き。
キールはすかさず結晶を展開し、その攻撃を阻んで。
晴れた炎の先にはキールに鋭い視線を向けているエミリアの姿。
身につけていた衣服はほとんどが焼け落ちていた。
だが露になった肌には火傷の痕がところどころ見えるが、大きなダメージにはなっていない。
エミリアは自身の首筋から胸、肋、腰までを指先でなぞって。
「けけけ、それが業火?」
エミリアはキールを嗤うと、次いでハルバードを構えた。
「あたしはお前を生かしてしまった。そのせいでまた、たくさんの人が傷つけられ、死んだ。償いはきっとできない。でも、少なくともこれ以上罪もない人々が苦しまないよう、お前を────」
エミリアは歯を軋ませた。
「殺す」
次いで歯を剥くと続ける。
「お前があたしの罪。だからあたしはお前をその身に受け入れる。生きたまま、お前を喰う。指先から何度も咀嚼しながら! お前の苦悶の声と断末魔を聞きながら! お前の血肉を一滴残らず貪ってやるっ……!!」
キールは気付けばエミリアの瞳に射竦くめられ、何歩も後ろに退いていて。
エミリアの瞳に忘れていた恐怖を再び感じていた。
それを振り払うように頭を振る。
「ふざけるな」
キールは小さな声で呟いて。
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!」
キールはその手に握った剣をでたらめに振り回した。
「私は力を与えられたんだ。今や狩られる側の魔人に。貴様のような下賤の小娘風情に私が臆するなどあってたまるか!」
「いいえ」
エミリアは蔑むような眼差しを向けて。
「あなたは弱者」
エミリアは下肢に力を込めた。
脂肪の薄い、細くて白い大腿部が引き締まって。
その足は地面をぎゅっと掴む。
「狩られる側」
次いでエミリアは地面を蹴った。
赤い光の尾を引いて。
エミリアはキールへと肉薄する。




