6-12
「目眩ましか、何かかな」
土煙の先から、嘲笑混じりのキールの声。
そして土煙が晴れると、その先には青白い結晶で鎧を形作って身に纏うキールの姿があって。
至近距離のスペルアーツによる攻撃を受けてその体は無傷だった。
燃え盛る炎のような造形と、それとは対照的な青白い結晶で構成された鎧。
ディアスはキールのその姿に警戒の色を強める。
「ブラザー…………!」
その時、ディアスを呼ぶアムドゥスの声。
その声は未だかつて聞いたこともないほどに。
その異変に気付き、ディアスはキールを目前にしながらも振り返った。
その視線の先には形を失っていくアムドゥスの姿。
アムドゥスの身体が崩れていく。
その身体は真っ黒な泥のような様相へと変わっていく。
「魔人風情が私の前に出たかと思えば、よそ見とはな」
キールは半眼でディアスを見ながら呟いた。
彼の纏う結晶の鎧。
そこに走る幾何学模様に沿って明滅する光が巡って。
アムドゥスから視線を切り、キールの手へと集束する光を捉えるアーシュ。
ディアスも視界の隅が唐突に明るく照らされたのに気付いた。
その赤い瞳が強く輝き、振り向くと同時に無数の剣を展開して盾にする。
だがキールの手へと集束された光が迸ると。
刀剣を重ねた盾はすぐに結晶に飲まれた。
ディアスへと迫る結晶化の波。
ディアスの赤い瞳いっぱいに、眼前に迫る青白い結晶が映る。
────刹那、風切りの音。
宙を駆ける、白い閃き。
「『その刃、風とならん』!」
アーシュは手元に引き寄せた真白ノ刃匣を投げ放った。
加速する純白の大剣がディアスの肩を掠めて。
ディアスに迫る結晶へと突き刺さると、結晶化の進行を停止させる。
さらにアーシュは一度手放した真白ノ刃匣へと集中。
アーシュの意識が柄を掴むと、その刃を振るった。
その剣身が突き刺さった結晶を砕きながら、袈裟に斬り上げる。
キールは上体を反らすと剣をかわして。
さらに真白ノ刃匣が横薙ぎに振るわれると、地面に突き立てていた剣を抜いた。
次いで後ろに跳んで迫る刃を回避する。
キールは着地と同時に再び結晶に覆われた剣を地面に突き立てて。
そこから幾何学模様が地面を走り、エミリアとクレトを捕らえる結晶へと魔力の供給を再開した。
ディアスの周囲を守るように旋回する複数の剣。
ディアスはアーシュの操作する剣を見ると、再びアムドゥスに視線を向ける。
今まで見たこともないアムドゥスの有り様。
ディアスはその原因を探してアムドゥスの隅々にまで視線を走らせた。
まばたき数回分のわずかな時間で。
それでアムドゥスの異変の原因がアムドゥス自身にないことに気付く。
「そういう、ことか────」
次いでディアスはアムドゥスに何が起こっているのか。
何がアムドゥスに影響を及ぼしてるか察した。
「だがなんで。なにが」
ディアスは思わず疑問を口にして。
だがすぐさまディアスはアムドゥスを見据える。
「アムドゥス!」
ほとんど形を失い、3つの眼球だけを覗かせているアムドゥスに呼び掛けて。
「無効になった契約を破棄しろ! 契約の上書きを!」
アムドゥスは、じっと眼をディアスに向けた。
朦朧とした意識の中でその声を捉えると、契約をディアスへと上書き。
ディアスの胸の奥に埋まる魔結晶を依り代に。
小さな小さな、ただの欠片の1つに戻ろうとしていたその身体が再び個を獲得する。
黒い泥は形を得た。
アムドゥスという象を再び得て。
獣の頭蓋を被った、カラスのそれのような姿へと変わる。
アムドゥスは頭を振り、次いで羽をバサバサと振った。
自身の身体に不調がないのを確かめると、ディアスに視線を向ける。
「ブラザー……!」
肉体の異常が治まっても、その声音には未だに焦りがにじんでいた。
「分かってる! アーシュ、結晶の壁を……!」
ディアスはその手に携えた短剣を地面に突き立てた。
実体を持たぬ魔物が徘徊する、その魔宮の特性を色濃く受けた魔剣。
物体に阻まれる事のない剣身。
形なきものを断つ刃。
揺らめく刃が地面に吸い込まれ、そこを走っていた魔力の流れを断ち切る。
アーシュはすかさず剣を操り、青白い結晶のドームへと一斉に剣を放った。
「『その刃、嵐となりて』!」
旋回する刃が結晶で構成された壁を削り、割って、斬り裂いた。
穿たれた壁の先には治癒のスペルアーツの光に包まれたクレトと、その体を抱き抱えるエミリアの姿があった。
「『治癒活性』」
エミリアは緑色の治癒の光が消える前に、再度クレトにスペルアーツをかける。
深い傷を完治させるほどの力はスペルアーツの『治癒活性』にはなかったが、かけ続けることでクレトの命をなんとか繋ぎ止めていた。
エミリアは壁が破られたのに気付いて。
その、琥珀色の瞳がキャサリンに視線を向ける。
キャサリンはすかさず杖の先をクレトに向けて。
「スペルアーツ『魔象強化』、『治癒活性』」
杖によるブーストとスペルアーツによるブーストの重ねがけがされた回復のスペルアーツ。
その緑色の光の瞬きがクレトの身体を纏い、傷を癒す。
キャサリンはすかさず駆け出した。
治癒の効果が切れる前に結晶の檻の中へと飛び込んだ。
懐から小瓶を取り出すと、中のポーションをクレトに振りかける。
「…………」
キャサリンはクレトの傷が塞がるのを見ていた。
次いでその傍らへと視線を向けて。
そこには魔結晶が転がり、さらに隣には砕かれたもう一つの魔結晶の欠片が散乱。
その上に、パラパラと塵がこぼれる。




