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6-10

 「────なんでクレトにだけ? 決まってる。あたしへの、嫌がらせだ」


 エミリアはクレトに視線を向けて。


「クレト」


 エミリアはクレトに呼び掛けると、目深まぶかに被っていたフードをおろす。


 風に揺れる髪は白く色を失い、その瞳は妖しく灯る赤に塗り潰されて。

だがその顔には面影が残っていた。


 クレトはエミリアの顔を凝視するとハッとする。


「エミリア姉ちゃん……?」


 クレトは驚きに目を見開いて。


「え。だってエミリア姉ちゃんは、しんだって。エミリア姉ちゃんがまじんおちだったなんて聞いてない!」


「そっか、あたしは死んだ事になってるんだ」


 エミリアは、呟いて。


「……クレト、魔結晶アニマを置いて」


 いでクレトに言った。


 だがクレトはぶんぶんと首を左右に振る。


「じゃあ、さいしょ会った時も気付いてたの? なのにエミリア姉ちゃんは言ってくれなかったの?!」


「クレト」


「なんで!?」


 クレトは地団駄を踏んで。


「ずっと、会いたかったのに……!」


────その時、鋭い剣閃けんせん

キールは剣を振り下ろし、クレトの背中を深々と斬り裂いて。


 鮮血を吹き出しながら崩れ落ちるクレト。


 その姿を冷めた目で見下ろすキール。


「つまらん。魔人堕ちを知らなかった? ずっと会いたかった? 私が見たかったのはそんなものではない」


「────」


 喉元まで、出かかった怒号。

それをエミリアは抑え込んで。


「キャシー……!」


 エミリアは肩越しにキャサリンに助けを求めた。


 すかさずキャサリンは、倒れて身動みじろぎひとつしないクレトに杖を向ける。


「スペル────」


「邪魔をするなよ」


 キールは剣の切っ先を地面に突き立てた。

同時にその手から閃光。

青白い結晶が剣身けんしんを覆い、幾何学模様が浮かんで。

明滅する光が突き立てられた切っ先に向かって集束。

それは目映まばゆい閃光となって弾ける。


 地を走る閃光。

それはエミリアとクレトの周囲をぐるりと囲んだ。

そこから展開される青白い結晶の壁。

それは半球場の空間となって2人を閉じ込める。


 展開された結晶を見てディアス、アーシュ、アムドゥスは素早く顔を見合わせた。

そしてキャサリンは舌打ちを漏らす。


 キールはたのしげに口許くちもとを歪めて。


「台無しになった脚本の修正だ。小娘、お前の弟を救いたければお前の手で魔人に堕とすがいい。もちろん、魔人になど堕としたくないと言うなら見殺しにしても構わんぞ。私はどちらでも構わない。最後にお前の歪んだ顔を見せてくれるならな」


 結晶のドームの中にキールの声が鮮明に届いた。

いでその高笑いも。


 エミリアは大きくハルバードを振りかぶり、渾身の力で結晶へと叩きつけた。

だがその壁は砕けない。

僅かに走った亀裂も、瞬く間に修復されてしまう。


 エミリアは結晶の壁を睨み、体をよじりながら跳んで。


「顕現して、あたしの『在りし日の咆哮(シャルフリヒター)』!!」


 エミリアは両足を壁に向けて魔宮を展開。

だが結晶の壁と重なった展開域が、瞬く間に結晶に侵食された。

青白い結晶へと変質し、素早く魔宮の展開を解除しても壁を穿うがてない。

 

 エミリアは素早く着地すると1歩後ろへと跳んだ。

壁から一定の距離を取ると再び魔宮を展開する。


 石畳の魔宮が拡がり、紫の炎を灯す禍々(まがまが)しい燭台しょくだいが左右に現れた。

その中心で、瞳を赤く燃やすエミリアの影が形を変えて。

それは瞬く間に膨れ上がり、質量を持って魔物となる。


 現れたのは牡牛おうしの頭を持つ半人半獣の魔物。

その体は濃紺の毛皮に覆われ、人の頭蓋ずがいを連ねた鎖を巻き付けていた。

開かれた目には小さな、幼い琥珀色の瞳を宿して。

先ほどエミリアが飲み込んだ怒号も一緒に咆哮する。


 激しい怒りに満ちた慟哭どうこく


 エミリアがシャルと呼ぶその魔物は両手に携えた巨大な戦斧せんぷを振り上げた。

ひづめが石畳の床を蹴って。

青白い結晶の壁目掛けて同時に戦斧せんぷを叩きつける。


 エミリアはすかさずシャルに続いてハルバードを振るった。

シャルと連携し、次々と結晶の壁を打ち付ける。


 だが────


「破れない」


 エミリアは歯軋はぎしりした。

その瞳から立ち昇る赤の光を集め、その額に光の角を形作る。


 振り上げられたハルバード。

その刃にまとう赤い光の奔流ほんりゅう


 だがエミリアは動きを止めて。


「…………」


 いでエミリアは周囲を見回した。

エミリアとクレトがいるのは彼女の魔宮と大きな差はない程度の狭い密閉空間。

エミリアは放とうとした技の範囲と威力を考えるとかぶりを振り、光の角を霧散させる。


「あの壁を破れるほどの力で撃ったら、シャルを盾にしてもクレトが耐えられないかもしれない」


 エミリアはクレトに駆け寄った。

その体を抱き上げる。


 クレトはすでに息をしていなかった。

大きな血溜まりが今も拡がっていて。


 ほのかに温かい血の海の中で、徐々に冷たくなっていく体を抱き締めるエミリア。

そのかたわらに転がる魔結晶アニマが、彼女の視界の隅に入る。


 エミリアは魔結晶アニマへと手を伸ばそうとして。

だがその指先が魔結晶アニマを掴むことを躊躇ためらった。


「…………そうだ、ディアスの剣なら」


 エミリアは視線を魔結晶アニマから逸らすと、ディアスのいた方へと目を向ける。


「ディアス!」


 エミリアが叫んだ。


 だがキールの笑い声を最後に、外の音は聞こえていなかった。

エミリアの叫びも外に届いているか分からない。


 結晶の壁を凝視するエミリア。

だがその間の1秒が長い。

自身の息遣いを無意識に数えて、気持ちが焦る。


「ディアス、まだなの? アムドゥスでもアーくんでもキャシーでもいい。誰でもいいから、お願い早く!」


 目に見えた動きはなかった。


「…………」


 エミリアは魔結晶アニマに手を伸ばした。

血の気の失せたクレトの顔と魔結晶アニマとを交互に見る。

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