6-9
村人達はマントの下から剣を抜いて。
エミリアを。
そしてクレトを睨んでいた。
その顔には怒りと恐怖とが入り混じっている。
キールは村人を見回して。
「もっとも、彼らはそのチャンスを掴みそこねたようだが」
キールが言うと、村人の1人がクレトに剣の切っ先を向けながら前に出た。
「ふざけるな! クレト!」
「早いものがちだよ」
クレトは激昂する大人を相手に動じない。
クレトはキールに振り返って。
「これで父さんと母さんと子供達は無事なんだよね?」
「ああ、もちろんだ。私は約束は、守るとも」
そう言うと、にこりと笑いかけるキール。
クレトはその答えに安堵すると、エミリア達に視線をむけた。
それと同時にキールは嘲笑うような笑みを浮かべてクレトを見下ろす。
次いでキールはパンパンと手を叩いて。
「諸君、そう結果を急ぐものではない。私の権限で処刑を免れる事ができる人間の数に限りはあるが、また定員というわけではない。まだ罪を償うチャンスはある」
キールは目でエミリアを。
そして周囲に立つディアス、アーシュ、キャサリンを示した。
「分かるな? 諸君」
キールが言うと、怒号と共に村人達は一斉に襲い掛かってくる。
「……おっと、魔人堕ちとそれに与する裏切り者は私に代わって処刑の執行をしてもらってもかまわない。だが連れている魔物は別だ。そっちは捕獲する」
キールの言葉にキャサリンは眉をひそめた。
だがすぐに四方から迫る村人達を迎え撃つため構える。
ディアス達はそれぞれ村人の振るう剣をかわし、いなし、受け止めて。
「さぁ、どうする小娘。お前が魔人堕ちしてまで助けたかったやつらだ。そいつらに善意を踏みにじられ、怒りと憎しみを向けられる気分はどうだ」
キールはエミリアを見るとほくそ笑む。
エミリアは召喚したハルバードで村人の剣を弾いた。
その瞳はキールだけを見ていて。
エミリアはキール目掛けて跳んだ。
「お前さえ倒せば……!」
群がる村人達を易々と突破するエミリア。
エミリアはハルバードを振りかぶり、キールに躍りかかる。
キールはクレトの腕を引いた。
その小さな体を盾にする。
エミリアはクレトに当たらないよう注意を払いながら、ハルバードを振り下ろした。
クレトと共に後ろに跳ぶキール。
空を切った斧槍が地面を大きく抉って。
エミリアはそのまま腕に力を込めた。
穿った大地をさらにめくり上げながらハルバードを振り抜くと、爪先から踵に重心を移動。
そのまま体を捻り、横薙ぎに得物を振るう。
キールは素早く腰の剣を抜いた。
その刃を振り上げて、エミリアの攻撃の軌道を上へと逸らす。
さらにキールはクレトの身体を盾にしつつ、エミリアに向けて剣を振るった。
エミリアはクレトを一瞥。
次いでハルバードの柄で剣を受けると、素早く後ろに下がった。
忌々しげにキールを睨む。
「大丈夫かい?」
キールがクレトに訊いた。
「危なかった。私が助けなければあの魔人堕ちに殺されていたところだ」
キールは屈むとクレトに耳打ちする。
「このままではあの魔人堕ちとその仲間達に村の皆がやられてしまうかも知れない。君の親も、子供達も。私が倒してもいいが、それだと意味がない。だが村の人達では力不足だ」
クレトはポケットの中に残った中身を強く握り締めて。
「でも、これはわるいことなんだよね」
クレトはエミリアを見て言った。
「大丈夫。あの魔人堕ちを倒せば君が一緒にいたい人達とまとめて私が面倒を見よう。私はこれでもなかなかに偉い立場の人間なのだ。どうとでもできる」
「でも……」
クレトの顔に浮かんだ迷い。
それをキールは苛立たしげに横目見て。
「ならお前は家族を、また失ってもいいんだな?」
キールの言葉に、クレトはぴくりと反応した。
ポケットからその中身を取り出す。
クレトの小さな手に握られていたのは大人の握りこぶし大の魔結晶。
それを見てエミリアも、周囲の村人も顔色を変えた。
「やめろ、クレト! お前まで魔人堕ちの罪を犯すのか!」
「魔人堕ちしてどうするの」
「同じ事の繰り返しだ!」
慌てる村人達にキールは視線を向けて。
「安心したまえ。私が魔人飼いとなってその身柄を引き受ける。これついては外部に情報は漏らさんし、漏れたものも私の力でもみ消してやろう」
「だが結局、クレトがそいつらを倒してしまったら俺達の処刑は」
「免れんな」
キールが答えると村人達は顔を歪める。
「なんでクレトにだけ」
村人の1人が魔結晶に視線を向けながら呟いた。
「ならばお前達も、全員で堕ちるか?」
キールはにやりと笑う。




