6-8
ディアスとキャサリン、アムドゥスはまばらに民家の並ぶ広い村を進んだ。
巡回する見張りをやり過ごし、村の中央にある広場を遠目に見て。
広場には未だに村人が集められている。
ディアス達はさらに歩みを進め、石畳の道に出るとそこをまっすぐ歩いた。
そして大きな納屋の前に差し掛かると、突如目の前の石畳が消失。
「ぷはっ」
そこから汗だくになったアーシュが顔を出した。
次いでエミリアが穴から道へと跳び上がって。
最後に琥珀色の瞳と紺色の髪をした小さな少年──クレトがひょこっと顔を出す。
「無事か」
ディアスが訊いた。
「うん」
「無事だよ、ディアス兄ちゃん」
エミリアとアーシュが答える。
エミリアは周囲の様子を窺って。
「けけけ。気付かれずにここまで来れたみたいだね」
「ああ」
ディアスが短く答える。
「月明かりの明暗とアムドゥスの擬態のおかげよ」
キャサリンが言った。
「……あ、ほんとだ。アムドゥスだ。けけけけけ」
エミリアは形を変えたアムドゥスの姿を観察し、その所々に名残を見つけて笑う。
クレトはディアスとキャサリンを交互に見て。
「また、まじん。それと、ばけもの」
睨むように2人を見上げながら、小さな声で呟いた。
「…………お姉ちゃん、この2人がさっき言ってた、しょーすうせいえい?」
次いでクレトはエミリアに訊ねる。
「うん、そうだよ」
エミリアが笑顔で答えた。
だがその赤い瞳は目深に被ったフードの陰から、ポケットに差し込まれたクレトの手を見ている。
「そっか」
ポケットの中身を転がすクレト。
「ディアス兄ちゃん達と合流できたし、あとはキールって人を倒すだけだね」
アーシュはクレトに視線を向けて。
「クレトくん、道案内の続き頼める?」
アーシュが訊ねると、クレトは首を左右に振った。
「そのひつようは、もうないよ」
クレトはポケットの中を覗いて確認すると、中身の1つを握る。
「だって、もう来る」
そう言ってクレトは握ったそれを投げた。
宙を舞うのは青白い結晶の玉。
それが地面に跳ねると明滅して。
すかさず後ろへと下がるディアスとキャサリン。
いつもの、カラスのそれのような姿に戻ると飛び退くアムドゥス。
エミリアはアーシュの腕を引きながら跳躍。
その間際、エミリアとクレトの視線が交わった。
憎しみのこもった琥珀色の瞳。
悲しみを浮かべた赤く燃える瞳。
そしてクレトの投げた青白い玉は、激しい光と共に周囲を結晶で包む。
「────ほほう、さすがだ」
閃光が晴れると共に、佇んでいた1人の男が呟いた。
そして続々と巡回していた見張りが集まってくる。
「偉いじゃないか。ちゃんと悪者を見つけて約束通りできたね」
男はクレトは背後に立つと、両肩をポンポンと叩いた。
「クレトから、離れろ」
エミリアが言った。
エミリアは男の声を耳にした瞬間、その瞳を激しく燃え上がらせて。
「キール!」
次いでエミリアが憎悪を込めて叫んだ。
エミリアに名前を呼ばれ、キールはフードをおもむろにおろした。
「久しぶりだな小娘」
口ひげを蓄えた初老の男。
エミリアの記憶の中の姿よりいくぶんやつれてはいるが、エミリアを見る眼差しとその表情はそのままで。
キールは次いで支給品のフードつきのマントを脱ぎ捨てた。
その下からは黒のコートが現れて。
キールは胸元につけたギルドバッジの角度を直す。
「諸君、ついに元凶が現れた。人の身でありながら忌むべき魔人に堕ちた者。そしてそれに力を貸す人類の裏切り者。この者達に今、裁きを」
「ククッ」
キールが言うと、ディアスは小さく笑い声を漏らして。
「元凶はお前だろ、キール・クロスブライト」
「違うな。そこの小娘こそが発端だ。そこの小娘が魔人堕ちしたばかりにこの村は苦境に立たされた。魔人買いというギルドの管理下から逃げ出したために、この村の人間はこれほどの責め苦を受ける事を強いられたのだ」
キールはにやりと笑って。
「なぁ、そうだろ? 諸君」
キールが呼び掛けると、周囲から賛同する声が連なった。
エミリアは周囲に視線を走らせて。
ディアス達を取り囲む人々に目を向ける。
フードの下から覗く顔立ちにエミリアは覚えがあって。
それは紛れもなく、村の人間だった。
「私は情深い男だからな。チャンスを与えてやったのだ」
キールが言った。




