6-7
緑の月に照らされた草原の中をディアスとキャサリンが駆けていた。
形を変えたアムドゥスがその2人を囲みながら進んで。
そのシルエットは一見、背の高い草花のよう。
だがよくよく見れば花弁のようなシルエットの中心には不気味に覗く目玉が3つ。
葉に見えるのは大小様々な黒い羽。
そして枝のように見えるのは細く歪に分岐した角だった。
ディアス達はアーシュの操作によって一定の方向を指し示す短剣を標に進む。
周囲を警戒しながら先を急ぐディアス達の行く手に、村人が縛り付けられた支柱が見えた。
その村人はヒュー……ヒュー……と今にも消え入りそうな呼吸を繰り返している。
「アムドゥス」
村人を見上げながらディアスが呼び掛けた。
「ケケケ、どうする気だぁ? ブラザー」
「もちろん、助ける」
ディアスが答えるとキャサリンが頭を振って。
「駄目よ。アムドゥスがさっき言ってたじゃない。スペルアーツが仕掛けられてるのよ。今は悠長に解除してる時間もないもの。この人には悪いけど後回しよ」
「アムドゥス、スペルアーツはどこにある?」
ディアスはその身体から無数の刀剣を生み出した。
その刃を束ねて柱のようにして。
そしてその中から純白に輝く、物語に出てくる勇者のそれの具現のような大剣を召喚する。
ディアスは真白ノ刃匣を手に取った。
その剣を構える。
アムドゥスは額の瞳に意識を集中させ、改めて村人の身体を観測。
「ケケケ、『創始者の匣庭』による観測完了。胸に刻まれた傷んとこがそうだ。他のやつらも同様だ」
ディアスは大剣の切っ先を村人の胸に向けた。
その純白の刃で、胸に刻まれた罪人を意味する紋様を縦に斬る。
断ち斬られたスペルアーツの楔。
「キャサリン」
次いでディアスはキャサリンに視線を向けた。
「ディアスちゃん、私の魔力は有限なんだからね」
「すまない」
「んもう。いいわよ」
キャサリンは呆れたように言うと村人に手をかざして。
「スペルアーツ『治癒活性』」
キャサリンはスペルアーツで村人の傷を癒す。
村人の今にも止まってしまいそうだった呼吸が穏やかな吐息に変わった。
キャサリンは周囲を見回して。
「もうそろ見張りが来るわ。行きましょ」
巡回のためにディアス達の方へと歩みを進める見張り。
その姿を見てキャサリンが言った。
その時、村人は閉じていた目を開けるとディアス達を見る。
「……傷の痛みが引いた。あんたらが助けてくれたのか」
村人はディアスに視線を向けて。
だがその瞳が赤く発光しているのを見て顔色を変える。
「お前……魔人か」
震える声音。
そこに含まれているのは恐怖と怒り、憎しみ。
ディアスは赤い瞳で視線を返して。
「俺は魔人堕ちで、エミリアの仲間だ。この村の人を助けにきた」
ディアスが言うと村人は目をしばたたかせた。
「エミリアが……来てるのか。助けに……?」
村人は鼻で笑う。
「助けになんか来るもんか。そもそも村人の半数は未だにエミリアを逆恨みしてたし、今回の事で余計に恨みを買った。俺だってその1人だ。本当に助けに来てくれたんなら、帰ってくれ」
「逆恨みってどういうこと?」
キャサリンが訊いた。
「エミリアの仲間ならあいつが魔人堕ちした経緯は聞いてるだろ。魔物の群れの襲撃にあった村を助けるためにあいつは魔人堕ちして戦った。だがそれは必要なかった。すぐに魔物の群れを追ってた冒険者達が駆けつけて掃討してくれたんだ」
「群れを追ってた、か」
ディアスが半眼で呟いた。
「被害をいくらか減らしてはくれたと思う。俺も助けられた。だが魔人堕ちを出した村なんて世間体が悪い。極力隠してはいたが、噂なんてあっという間に広がる。そっからは酷いもんだった。近隣の村や町、通りかかった冒険者から魔人堕ちを出した村だって誹謗中傷に曝された。商売もうまく立ち行かなくなった」
「酷い、か」
ディアスは初めてエミリアに会った時を思い出して。
小さな檻に押し込まれ、首輪と鎖で繋がれる少女のやつれた姿を。
冒険者の前に晒され、その時は見せ物のように剣の切っ先を突き立てられていた。
ディアスは睨むように村人を見る。
「さらに処刑されるはずだったエミリアの身柄を引き受けてくれた冒険者のお偉いさんを、エミリアは裏切って逃げ出したとか。温情で生かされ、そいつの役に立つ事でかろうじて赦されていたようなもんだったのに、エミリアはあろうことか恩人であるその冒険者に刃まで向けた。おかげで俺達はこうやって見せしめにされてる」
「ほんと。逆恨みもいいとこだわね」
キャサリンが侮蔑の眼差しと共に言った。
「逆恨みなのは自分らが1番分かってる。だが、あんたらにはどうしようもない俺達の気持ちは分からない。実際エミリアが魔人堕ちなんてしなけりゃ俺達は────」
ザン、と音が響いた。
ディアスは真白ノ刃匣を地面に突き立て、村人の言葉を遮って。
「俺はあんたらの苦しみは分からない。ただエミリアの受けた苦痛の一部と、彼女がこの村のために人である事を捨て、そしてまた助けるために戻ってきたのを知ってる。彼女が、讃えられるべき人間なのは分かる」
赤く燃える瞳に射竦められ、小さく悲鳴を上げる村人。
「ディアスちゃん、もう」
キャサリンは向かってくる見張りを目で示す。
「あんたらこそ、何も分かってない」
ディアスは最後にそう言うと剣を抜いて。
アーシュの短剣が指し示す先へと進む。




