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エミリアは右に、背を向けて歩いていく見張りの姿を見つけた。
だがクレトはどんどん先へと走っていって。
エミリアとアーシュは極力足音を忍ばせながら、そのあとを追う。
素早く視線を切り、周囲を警戒するエミリアとアーシュ。
「アーくん……!」
声を殺しながらエミリアが呼び掛けた。
アーシュはすぐ、その場に半ば這うように姿勢を低くして。
エミリアはそばにあった窪みに身を隠す。
目深に被ったフードで顔を隠した見張りが長いマントをはためかせ、2人の方へと歩いてきて。
アーシュは背中に背負った片刃の剣に手をかけた。
エミリアはその手に青のハルバードを召喚する。
「…………」
迫る足音。
そして風の音に紛れて、震えるような息遣いが聞こえた。
1歩、2歩。
先から足音が連なる。
さらに1歩、2歩。
じっと体を固くして通りすぎるのを待つアーシュ。
アーシュはいくらか背の高い草の中に身を潜めていたが、意識して目を向ければ草の合間からその姿は視認できた。
息も止め、顔も伏せたまま。
アーシュは目だけを上に向けて、見張りのを動きを注視する。
────その時、ガサガサと葉の擦れる音。
見張りは音のした方へと振り向いた。
その先にはクレトの姿。
クレトは見張りの視線に気づくと顔を強張らせた。
慌てて走り出す。
逃げ出すクレトを見て、見張りが走り出した。
周囲を巡回していた他の見張りもその2人に気付く。
クレトはたちまち見張りに取り囲まれて。
「お兄ちゃん! お姉ちゃん!」
クレトが叫んだ。
その言葉に、見張りは周囲をきよろきょろと見回して。
見張り達はクレトをじりじりと追い詰めながら、数人がその輪から外れて周囲の探索に動く。
エミリアは視線を素早く切り、遠くの大きな納屋の先に石畳の道を見つけて。
「アーくん、クレトを助けてあっちまで走るよ」
「……分かった!」
エミリアの視線を追って納屋の方を睨むと、アーシュは剣を抜いた。
片刃の剣を輪刀へと変形させる。
2人は一斉に駆け出した。
エミリアはハルバードを振りかぶり、アーシュは輪刀を操作すると先へと飛ばす。
さらに続け様に剣を抜くアーシュ。
アーシュは剣を操り、クレトを取り囲む見張り達の方へと放った。
突如、飛来した剣に見張り達は驚いて。
数人の見張りがいち早くエミリアとアーシュに気付くと、マントの下から刃渡りの短い剣を抜いた。
その間にもアーシュは剣を操作すると、クレトの周囲に刃を旋回させた。
見張り達を退ける。
そして襲い掛かってくる見張り達。
彼らは剣を振りかぶりなら向かってきた。
エミリアはフードの陰からその剣を睨んで。
「────遅いよ」
エミリアは体をよじりながら跳躍。
見張りの持つ剣を弾いた。
その勢いを殺すことなく旋回し、四方へと跳びながら斧槍を振るう。
甲高い音と共に、次々と宙に舞う剣。
体勢を崩した見張り達の間をすり抜け、エミリアとアーシュはクレトのもとへ。
エミリアはそのままクレトの体を持ち上げ、脇に抱えると走り出した。
アーシュも剣の操作を続けながらそのあとに続く。
エミリアは納屋を回り込み、石畳の道へと出た。
「アーくん、クレトを」
エミリアはアーシュの体を軽々と放った。
アーシュが受け止めるが、そのまま勢いに負けて尻餅をつく。
「顕現して────」
その間にもエミリアは瞳を赤々と燃やして。
「あたしの『在りし日の咆哮』」
展開されるエミリアの魔宮。
だがエミリアはすかさず魔宮を閉じた。
残ったのは穿たれた大きな穴。
エミリアはそこに渾身の力でハルバードを振るい、さらに空間を作って。
エミリアは手振りで来いと促す。
アーシュはすかさずクレトの手を引いて、そこに飛び込んだ。
エミリアもそこに降りるとハルバードを消した。
腕で体を支えると足を天に向けて。
「『在りし日の咆哮』!」
展開される石畳の魔宮。
上下逆さまに展開されたそれをエミリアは蓋代わりにした。
見張り達は納屋を回り込むと左右に視線を走らせて。
だが見えるのは石畳の道と同化した、裏返しのエミリアの魔宮だけ。
複数の足音が魔宮の上を行き来する中、エミリアとアーシュ、クレトは声を殺してじっと待つ。
徐々に息苦しくなる密閉空間の中で、エミリア達は見張りがいなくなるのをじっと耐え続けた。
「────あ」
暗闇の中。
どれだけの時間が過ぎたかも分からない中でアーシュが声を漏らした。
「ディアス兄ちゃん達が動いた」
操作を継続している剣の位置を感じ取るアーシュ。
「もう日が暮れたのかな」
エミリアは自身の魔宮を見上げる。
「…………」
クレトは無言のまま。
頭上を塞ぐ魔宮と、エミリアのフードの陰から漏れている赤い光とを交互に見ていた。
ポケットの中に手を入れ、その中身を転がす。




