6-4
瞬く間に増える足音。
何度もすぐそばを通りすぎるその気配に、エミリアとアーシュは意識を集中させた。
アーシュは携えた剣の輪郭を意識でなぞり、エミリアは目深に被ったフードの下で瞳を赤く燃やす。
足音を。
息遣いと。
そして各々《おのおの》の鼓動。
暗闇の中で、それらが鮮明に感じられ、その意識を揺らして。
アーシュは剣の柄を強く握った。
冷や汗が額ににじむ。
トットットッ。
心臓が早く脈打つ音。
気付けばアーシュの頭の中がその音でいっぱいになる。
「…………」
無言。
「…………」
沈黙。
「…………」
そして静寂。
「────行ったみたい、かな」
耳を澄ませて。
エミリアは土くれで塞がれた穴の先を睨みながら呟いた。
エミリアが言うとアーシュは緊張の糸が切れて。
大きく息を吐くと、剣の柄から手を離す。
「ありがとう、助かった」
アーシュが暗闇の先の少年に言った。
「いいよ。それよか、あんたら外の人だろ。ほかに、なかまは?」
「2人、村の外に待機してる」
「2人、か」
姿は見えないが、その声から少年が落胆したのを感じた。
「人数は少ないけど、あたし達は村の人達を助けに来たんだよ」
エミリアが言うと、少年は声の方へと視線を向けて。
「たった4人で?」
「うん」
「話にならないよ。たすけに来てくれたのはありがたいけど。お兄ちゃんたちさ、友だち、いないの?」
「────」
反論しようとして。
だがアーシュは言葉に詰まった。
「今回、こうやって村の人達を苦しめてる悪い奴はギルドの偉い人なの。あたし達が言っても簡単には信じてもらえない。目をつけられて助けるのを邪魔されるかも知れない。だから信頼のおける仲間だけで来たの」
「しょーすうせいえい、てやつ?」
「そうだよ」
エミリアが答えると小さな少年はふーん、と呟く。
「君は1人なの?」
アーシュが訊いた。
小さな少年は首を左右に振ったが、エミリア達には見えない。
少年は突然、土くれをどけて。
ひょこっと頭を出すと周囲を確認。
そしてすぐに穴の中へと戻ってきた。
土くれで再び穴を塞ぐ。
「こっちだよ。ついてきて」
小さな少年はそのまま穴の奥へと進んでいった。
そのあとをエミリアとアーシュが追う。
狭い穴を這いながら、先へ先へと進む小さな少年とエミリア達。
「ちょっとまって」
少年は穴の突き当たりにたどり着くと、上へと手を伸ばした。
ガコンと音を立てて床板が外れ、少年はそこから村外れの家屋の中へ。
エミリア達も続いて穴を出る。
少年は板の張られた窓に近付くと、隙間から外の様子を窺った。
「だいじょうだね」
少年は振り返ると、隅にある階段に目を向ける。
「あの上だよ」
小さな少年は階段を駆け上がり、2階に消えた。
「エミリア、この家は?」
アーシュが訊くと、エミリアは家の中を見回した。
閉ざされた窓や、倒れたテーブルに椅子。
扉の隙間から見える陰から、家の出入口も板張りのようなものをされて塞がれているのが分かる。
「あたし、この家知ってる。村外れの廃屋だ」
エミリアが答えた。
「ケケケ、早く上に行かなくていいのかぁ?」
エミリアのフードに潜んでたアムドゥスが言った。
階段を上る2人。
その先には廊下があり、部屋が2つ並んでいて。
手前の部屋の扉が開け放たれていた。
エミリアとアーシュがそこを覗くと、数人の子供達の姿がある。
「ケケ、村人の中にガキが見当たらねぇと思ったら、隠れてやがったのか」
アムドゥスが小さな声で呟いた。
「クレト、その2人だぁれ?」
子供の1人がエミリア達を見て訊いた。
クレトと呼ばれたのはエミリア達をここまで案内してきた小さな少年だった。
小さな少年──クレトは琥珀色の瞳をエミリア達に向けて。
次いで訊ねてきた子供に向き直る。
「村のみんなを、わるいやつからたすけに来てくれた人たちだって」
「ほんと? パパとママのこと、たすけてくれるの?」
「ああ。もうだいじょうだ」
クレトは子供の頭を撫でた。
「……クレト」
「うん?」
エミリアが呼ぶと、クレトは振り返った。
紺色の髪が揺れる。
「どうしたの? お姉ちゃん」
首をかしげるクレト。
「…………ううん。素敵なお名前ね」
エミリアが言った。
「それで。お兄ちゃんたちはどうやって、わるものをたおすの?」
「それなんだけど、クレトはわるものが今どこにいるか分かったりする?」
「うん。分かるよ」
クレトは大きくうなずいて答えた。




