◼️-6
「どうする? ディルク」
リーシェが訊いた。
「仕方ないか。院長にうまく転がされた感は否めないが」
ディルクはしぶしぶうなずく。
「すまないな」
院長は2人を交互に見て。
「……エレオノーラの話だと、魔人になってなおディアスの『剣の嵐、無窮に至りて』は健在だったと聞く」
「ソードアーツを使う魔人……? でもソードアーツは魔人には使えないはずよ」
リーシェはディルクを見た。
「ディアスは魔人になったわけじゃないんじゃないかしら! きっとそうよ。魔人堕ちしたなんて何かの間違いなんだわ!」
「…………だが」
ディルクはリーシェから院長に視線を戻す。
「間違いないんだろ?」
「いいえ。確証はないんですよね? 院長様」
冷めた目で院長を見るディルク。
期待に満ちた眼差しを向けるリーシェ。
院長は肩を落とした。
ゆっくりと頭を振って。
「リーシェ、残念だが間違いない。ディアスは魔人の力を使った」
「でも! …………いえ、分かりました」
「リーシェ、あいつが堕ちたかどうかは俺達の目で確かめる。もしも何かの手違いなら不本意だがあいつを守るのに俺も手を貸す。だが堕ちてたんなら容赦はしない。俺達があいつを殺す。それで、いいな?」
ディルクが訊いた。
「ええ」
リーシェはディルクに視線を返し、大きくうなずく。
「それでは手続きをしよう」
院長はデスクの引き出しを開けると、びっしりと書き込まれた書類を取り出した。
「色々と私が先に記入しておいたから、あとは名前を書くだけだ」
ディルクとリーシェは前に出るとテスクの上の書類に目を落とす。
「本当にあとは名前だけだな。院長、あんたずっと用意してたのか」
ディルクは呆れたように笑った。
リーシェもディルクに続いて小さく笑う。
そして名前の記入される書類。
院長は書類を受け取るとうなずいた。
「これで勇者になれるのか。紙切れ1枚でなれる勇者にどれ程の価値があるんだろうな」
ディルクが言った。
「あくまで称号でしかないからな。ゆえに他の勇者はあくまでその名に固執している者はいない。赤の勇者と緑の勇者は、それでも勇者の肩書きに応えようとしているようだが。本当に勇者を正義の味方だと思って、そうあろうとしていたのは1人だけだろう」
院長が言うと、ディルクは顔をしかめて。
「そいつが魔人堕ちしてたら世話ねぇよな。結局自分の身かわいさに魔人堕ちして生き延びた裏切り者。しょせんあいつは俺達と違う」
「そんな言い方……」
ディルクはリーシェを横目見る。
「だってそうだろ? 落ちこぼれだ。何も持ってない。そう言いながらここに来たが、あいつは故郷も家族も失ってはいなかった。俺達よりはるかに恵まれていた」
「でもディアスの努力は本物だったよ。コンビネーションは最後までできなかったけど、あの数年で『その刃、暴虐の嵐になりて』を会得した。今でも上位技の習得者はここにいる院長様と私達の他には数人しかいないもの」
「だがしょせん個人の剣だ。遠隔斬撃の真価は発揮できてなかった。そもそも、あいつに使われるのは癪だったんだ」
「……今は熟練した遠隔斬撃の使い手が不足している。2人で剣を回す事に────」
「問題ない」
ディルクは院長の言葉を遮った。
次いで、にやりと笑って。
「そもそも俺もリーシェも、1対1であいつに負けた事は1度もないんだ。どんな魔宮を出そうが負けやしないよ」
「────あんさんから連絡とは珍し。……ほんで、なんの用やねん」
苛立たしげな声が響いた。
その男はギラギラと輝く金のコートを羽織り、巨大な魔結晶のあしらわれたステッキを携えていて。
その口許からはサメのようなギザギザの歯が覗く。
その背後には広大な空間にガラスのショーケースが並び、その中に膨大な量の魔結晶を飾っていて。
様々な形や色、大きさの魔結晶が照明を受けて光輝く様は、さながら満点の星空のようだった。
「相も変わらず、実に美しいコレクションだこと」
男が苛立たしげに見つめる鏡の先から声が響いた。
そこに映るのはおびただしい量の刀剣を組み合わせて作った鋼鉄の巨大なドレス。
そしてそれを身に纏う女性の姿。
さらに女性の背後には数えきれないほどの刀剣が空中に固定されている。
「世辞はいらへん。あんさんの趣味はその物騒な刃物の山やろ。上辺だけの言葉なんて胸くそ悪いだけや」
「妾は純粋に美しいと思ったからそれを口にしたまでのこと」
「そないか。せやったらすまんかったなぁ。わいにはその刃物の良さは何べん見ても分からへん。おっかないだけや」
「分かる人にだけ分かれば良いもの。『私達』はそういうものでしょう?」
「ああ、せやな。……ほんでその『お仲間』のあんさんの用件はなんや」
刀剣で着飾った女は、鉄色に塗った唇を柔らかく歪めて。
「貴方の所にいる魔人。妾は彼の持つ剣が欲しい」
「ほほう」
男の額に青筋が浮かんだ。
鋭い歯牙を剥き、敵意を露にする。
「そいつは、協定違反やなぁ。わいらは互いの所有物に手を出さん。それが唯一にして絶対の、ルールや。わいの収集物は魔結晶じゃが、手駒もわいの所有物。手出しはさせへんで?」
「それでも、欲しい」
女は無骨な短剣を重ねた鉄扇で口許を隠して。
その妖艶な瞳だけを覗かせ、鏡越しに男を見つめる。
「あんさんは本気で協定を反故にするつもりなんか」
「相応の対価を支払う」
女は男とは対照的な、落ち着いた声音で言った。
「あの魔人を庇護下に置くのに利点があるのかしら。もうしばらく、顔も見せに来てもいないでしょう?」
「ほう、よう知っとる。じゃがアレとも一応、契約をしとるもんでな。魔結晶の収集の対価に、わいの所有物として他のコレクターから守るっちゅうな。そんで、わいは契約を何よりも重んじる」
男の言葉に女は笑みを浮かべた。
鉄扇で口許は隠しているが、その瞳が確かに笑っていて。
「だがその契約、あの魔人から全ての情報の開示をされた上で結んだものではない。秘された情報がある。ならばその契約は無効というもの」
「あんさんが何を握っとるか分からへんが、興味はないわ。秘密の1つや2つ持ってないやつの方が少ないやろ。わいとアレとの契約に問題は起こらへん」
「あの魔人の胸に埋まっている魔結晶が、ただの魔結晶じゃないとしても?」
女はパチンと鉄扇を閉じて。
「妾は魔結晶の知識には疎い。妾から見ればしょせん宝石などの類い。その程度にしか思えない。だがあの胸に埋まっている魔結晶に価値があるのは分かる。なにせ、世界に6つしかないレベルの物の中の1つなのだから」
女は鏡に向かってふわりと飛んだ。
鏡に手を置く。
「よく聞くのだ。あれは、【黒骨の魔王】ネバロ・キクカの魔結晶だ────」
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次の章ではヨアヒムによって力を与えられたキールを止めるため、エミリアの故郷へと向かうディアス達。
そこに待っていたいたのは凄惨な村の光景。
ディアス達はキールと対峙するが、ついに動き出したコレクターによる襲撃を受けて。
さらにはディアスのかつての仲間が立ちはだかります。
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