◼️-5
振り下ろされる長大な魔剣。
耳鳴りのような音。
周囲の音をくぐもらせ、ただただ甲高い響きだけが鮮明に捉えられた。
その一撃は景色を黒く塗り潰して。
あらゆるものを無に帰して。
だがその暴虐の黒の中において。
対峙するそれは微塵もその存在が揺らがない。
「あはっ」
その姿を見て。
愉しげに笑みをこぼした。
「なんの用だ? 院長」
青年が訊いた。
柔らかい桃色の髪と翠色の瞳を持つ青年。
端整な顔立ちだったが、その顔には大きな傷痕が残り、片目を塞がれていて。
4つの武器を携えた彼は腕を組むと、目の前のデスクに腰かける老人を睨む。
「こら、ディルク。院長様に失礼でしょう」
隻眼の青年──ディルクの隣に立つ、若い女性が言った。
その女性は布で顔を隠し、その隙間から大きな青い瞳が覗いていた。
大きなマントで肢体も覆い隠している。
「かまわんよ、リーシェ」
「ですが」
顔を隠した女性──リーシェはディルクを横目見た。
次いで肩をすくめる。
「で、用件は?」
再度ディルクが訊いた。
「また7番目の勇者の話じゃないよな? そいつは断ったはずだ」
院長と呼ばれるその男は紫色の鋭い瞳をディルクに向けて。
「いや、それとは別件だ。全く無関係とも言えんが」
「無関係ではないとは、どういうことなのです?」
リーシェが訊ねる。
「……私が選出した【白の勇者】が黒骨の魔宮攻略に失敗して7年が経った」
院長の言葉に顔をしかめるディルクと、目を伏せるリーシェ。
「だが、最近私の友人から連絡が入った。ディアスが生きていた、とな」
「本当に!?」
リーシェが思わず声を上げた。
「あいつ、生きてやがったのか」
ディルクは呟くと鼻で笑って。
次いで鋭い視線を院長に向ける。
「だが、あいつは死んだ事になったまま。7番目の勇者の選出も急いでる。ただ生きてたわけじゃないんだろ?」
ディルクはギリッと歯軋りして。
「堕ちたか」
「そんなまさか! ディアスが魔人堕ちするなんてこと」
「ありえない?」
ディルクはリーシェを横目見る。
「……だが、残念ながらディルクの言う通りだ。ディアスは魔人堕ちした」
院長が言った。
「今回君達を呼んだのは魔人ディアスの討伐依頼だ。ディアスの魔人堕ちが知られれば私は他勢力によって失脚を迫られる。そうなればここの運営は維持できない」
院長はデスクの背後の大窓へと振り返った。
その先に見える大きな中庭には、たくさんの子供達が声を弾ませながら駆け回っていて。
その姿を見つめている間、その鋭い紫の瞳は穏やかなものとなる。
だが院長は再びディルクとリーシェに視線を戻すと、その眼光は鋭さを取り戻して。
「ディアスを選んだのは私だ。本当ならこの私があいつを討つべきだろう」
院長は周囲へと視線を向けた。
床から壁、柱、天井を見る。
「だが君達の知る通り、今の私は戦いには出られない。ただ仲間と共に剣を振るい、戦い続けていれば良かったあの頃と私の置かれた状況は大きく変わった。私には……守らなければならないものがある。それが、あまりにも増えすぎた」
「院長様のお気持ち、よく存じております」
リーシェがうなずいた。
「私達がこうして生きているのも、私達を受け入れてくださった院長様とこの孤児院のお陰です。この場所は守らなければなりません」
「その孤児院と院長の面子を守るためだ。裏切り者の討伐、俺らがやるぞ」
ディルクが言った。
「すでにその事実を知る者達は動いている。残りの5勇者に指令が出され、他にもギルド内部が慌ただしい動きを見せている」
院長の言葉にディルクは肩をすくめて。
「5勇者ときたか」
「ですがそれはよろしいのですか? 他の勇者にそれが知られるということは、彼らを選出した他の派閥の人間にもそれが知られるということでは」
不安げな眼差しを向けるリーシェ。
「密命扱いとなっているようだが、それがどこまで情報の漏洩を防げているかはわからん。だがギルド内部にこの事を知られたくないと思って動いている者もいるのは間違いない」
「公にした方が有利になる奴らのが多いだろうに。理解できないな」
院長の言葉にディルクは首をかしげる。
「おそらく派閥間のパワーバランスが崩れるのを危惧してのことだろうな」
「まぁ、その辺の司政についてはいい。あまり興味もない。今俺が知りたいのは裏切り者の居場所だ」
「その事だが────」
院長はそこで不敵な笑みを浮かべて。
「私は友人から聞いた情報だけで詳しい事は何も、分からない!」
「…………は?」
「分からないっ!」
「はー!? 嘘だろ?」
「誠だ、ディルク」
きりっとした顔で院長がうなずいた。
「…………」
「そんな目で見るな、ディルク。考えはある」
「…………嫌な予感がするが、聞かせてもらおうか」
「ディアスの生死を問わぬ捕縛指令が勇者全体に出されている。ということは7番目となる【紫の勇者】になれば、その情報が得られるかもしれん」
「結局そこに帰結するのか」
ディルクはため息を漏らした。