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「ふむ、ちょうどいいじゃないか」
ヨアヒムが言った。
「私の依頼する討伐対象の1人がその魔人堕ちした少女と行動を共にしている。いい撒き餌になるかもしれない」
「行動を、共にしている?」
「ああ。キールも見たはずだ。ソードアーツを操る魔人の男。その男を討伐し、連れている魔物を捕縛してもらいたい」
「……あいつか」
キールは眉根を寄せた。
「なるほど。ではそれが終わり次第、次の魔人討伐に移りましょう」
「ありがたいが、もう1つの方は準備がかかる。なにせ相手が相手だからな。今はそちらの討伐の準備を進めるため、『議会』を欺むいて『誰も知らぬ冒険者』を総動員している」
「あの『議会』を欺く? それほどの相手なのですか?」
キールの問いにヨアヒムはうなずいた。
「6人の魔王のSSSに次ぐSS難度判定の魔人だ。ゲーセリスィの力を持ってしても一筋縄ではいくまい」
次いでヨアヒムは火筒を腰に下げて。
「だが必ず障害となる相手だ。すでに『議会』の中にもやつの息のかかった者が紛れ込んでいる。ゆえに『議会』の力は頼れない。勇者をぶつける算段もしているが、私とキール、そして私の友と『誰も知らぬ冒険者』による討伐になるものとあらかじめ覚悟をしておいてくれ。それと────」
ヨアヒムはキールの纏う鎧を見る。
「ゲーセリスィの力。あまり衆目には晒して欲しくはない。ゲーセリスィと『議会』の繋がりは知られてはならないのだ」
「かしこまりました、ヨアヒム様」
キールは答えると身に纏っていた結晶の鎧を解いた。
青白い結晶が薄く剥がれ落ちて。
失った足の代わりとなる結晶の足を残して崩れ去る。
ヨアヒムの連れていた『誰も知らぬ冒険者』が周囲に散った結晶の欠片に手を向けた。
青白い結晶がその手に吸い込まれていく。
瞬く間に辺りから結晶が消えた。
残されたのは所々穴の空いた床板とそこに走る焼け焦げた跡、そして首から上のない使用人の亡骸だけ。
ヨアヒムは取り残しがないのを確認するとうなずいた。
「それでは私はこれで失礼するよ」
「わざわざご足労いただいたのに、なんのおもてなしもできず」
キールが頭を下げる。
「もてなしはあったろう? 噂に名高いクロスブライトの『地を駆ける陽光』をこの目で拝めたのだから、な」
ヨアヒムの言葉にキールはさらに深く頭を下げて。
「ヨアヒム様に対する無礼、深く、深くお詫び申し上げます」
ヨアヒムはキールを見下ろすと意地の悪い笑みを浮かべた。
「かまわん。私は寛容な人間だ。お前の剣など見せ物程度にしか思ってはいない。処罰も報復も不要だ」
そう言ってキールを嘲笑う。
次いでコツコツと靴音を響かせて。
連れてきた護衛の2人と共にヨアヒムは帰っていった。
その後ろ姿が見えなくなるまでキールは頭を下げて。
時折その背を覗き見て、早く消え失せろと願う。
しばらくするとキールは顔を上げた。
同時に舌打ちを漏らす。
「………若造風情が」
そう言い捨てて。
だが次いでキールは高笑いを響かせた。
「まぁいい。まぁ、いいのだ。そんなことより今は魔人の討伐と魔物の捕縛。そしてなによりあの小娘への、報復だ」
そこは深い深い地の底。
大地を覆う魔宮の遥か下に拡がる広大な空間を1人、歩く。
巨大な大剣をぶんぶんと振り回して。
その腰まである銀髪と黒のワンピースの裾が揺れた。
裾から覗く滑らかな腿が、剣を薙いで踏ん張る度にぐっと締まる。
剣の黒い切っ先がなぞると、建ち並ぶ四角い塔が切断。
切断面の上を、高くそびえる塔が滑って。
次いで次々と轟音を響かせて倒れていく。
規則正しく並んだ塔といくつもの柱に挟まれた道を進んでいった。
「ふんふんふーん」
鼻歌混じりに、あてもなく歩を進める。
「まだかな、まだかな」
楽しそうな声で言った。
「早く、早く」
満面の笑みを浮かべている。
だが、唐突に歩みを止めて。
「あはっ、見つけちゃった」
先程とは違った表情で嗤った。
自身の身の丈の数倍はある長大な剣を構える。
その視線の先には、巨大な『せいめいたい』が鎮座していた。
「次は負けないし、逃がさない」
赤く光る人懐っこい瞳を爛々と輝かせて言った。
片腕とは思えないほど軽々と、大剣を振りかぶって。
「ソードアーツ────」
その剣に魔力を供給し、その力を解き放つ。