◼️-3
「正直に言ってしまえば人ではなくなる」
ヨアヒムの言葉にキールは顔を歪めた。
潜ませていた剣を取り、その魔力を解放する。
「『地を駆ける陽光』」
振りかざされた剣から迸る灼熱の輝き。
キールは日輪と見紛うほどの光量を放つその剣を、ヨアヒム目掛けて振り下ろした。
燦然と燃ゆる剣閃が放たれ、全てを焼き焦がしながらヨアヒムに迫る。
「────そう怯えなくていい」
ヨアヒムが言った。
彼はキールの放ったソードアーツに向けて手をかざして。
その手が放たれた光の刃に触れると、時が止まったかのような錯覚を覚える。
凍てついた、光の刃。
煌々《こうこう》と輝いていた斬擊が青白い結晶へと姿を変えて。
「…………量産個体の1つになどしないさ」
ヨアヒムの声。
その声が響くと共に、キールの放ったソードアーツの刃が薄氷を散らすように崩れ去った。
その先から姿を現したヨアヒム。
その瞳は深い深い、底知れない奈落のような様相で。
その口許には嘲笑うような笑みが浮かんでいる。
「そのために懇意にして信頼しているクロスブライト家の、それも当主である君に頼むのだから」
ヨアヒムはコツコツと靴音を響かせ、震え上がっているキールに歩み寄った。
一歩踏み出すごとに下肢の先へと幾何学的に光が走り、床板を結晶へと変える。
ヨアヒムは足を振り上げ、キールの腰かける車椅子に足をかけた。
その先から結晶が拡がり、キールの身体を徐々に包んでいく。
「恐いか」
ヨアヒムは腰の火筒を抜くと、その筒先をキールの額に押し当てた。
引き金を指先でトントンと玩ぶ。
「恐ろしいか」
キールの身体はみるみる青白い結晶に飲み込まれていた。
「腹立たしいとは、思わないか?」
ヨアヒムが訊いた。
「恐れる側であることに。弱者であることに。違うはずだ。キール、お前はそちら側ではなかっただろう? 力を求めるがいい。忌まわしき幻影を打ち砕き、再びお前が強者となるための力。それが今、目の前にある」
ヨアヒムは手に持ったゲーセリスィの欠片を差し出した。
「お前が私に今感じている恐怖。それを今度はお前が振り撒く側になる」
ヨアヒムは引き金にしっかりと指をかけて。
「選ぶまでもないこと。だがそれでも自身で選択する事に価値がある。だから問おう。力を拒み、弱者のままこの弾丸に穿たれて死ぬか。選択をせぬまま結晶となって砕け散るか。力を求め、人を捨てるか」
すでにキールの身体はほとんどを結晶に覆われていた。
残された時間は僅か。
その死を目前にした恐怖にキールは覚えがあった。
忘れもしない、毎晩夢に見る魔人堕ちの少女と、その魔物が振り下ろす凶刃。
蔑むような赤い瞳を思い出して。
「あの小娘……」
キールが呟いた。
「聞いた。確かに聞いた」
キールの喉元へと、せり上がる結晶。
「私が弱者だと。狩られる側だと。魔人の影に怯えて地べたを這いながら生き永らえるがいい、と」
そこでキールの言葉が途切れた。
すでにその全身が結晶に覆われていて。
次いでその身体に亀裂が走り始める。
ヨアヒムは結晶に飲まれた男をつまらそうに眺めて。
だが、亀裂がなおも拡がりながら。
その身体が砕けながらも確かにキールは動いた。
血潮と共に怨嗟に満ちた声を吐いて。
「愚かな小娘が! 魔人風情がこの私を見下ろしおってぇ……!!」
キールはヨアヒムの差し出したゲーセリスィの結晶へと手を伸ばした。
すでに青白い結晶へとそのほとんとが変質した腕で結晶を掴む。
キールが手に取った結晶が閃光を放った。
次いで結晶はキールの手の中へと吸い込まれ、全身に溶け込む。
ヨアヒムは笑みをこぼしながらキールを見て。
「気分はどうだ、キール?」
ヨアヒムに訊ねられて、キールは顔を上げた。
その全身に幾何学的に光が無数に走り、次いでその光が弾ける。
周囲に展開された、幾重にも連なる花弁のような結晶。
その中心でキールは立ち上がって。
「気分、か。最悪の気分だよ。それまでが嘘のようだ。ああ、臓腑の底から身を焦がすようなこの怒りはどうだ。エミリア、私に尽くすくらいしか価値の無かった無能の小娘。穢らわしい魔人風情の身でこの私に刃を向けた事、必ず後悔させてやるわ」
キールは全身を結晶質で包んでいて。
それは冷たさを感じさせる青白い結晶の鎧。
だがその造形は燃え盛る炎のように荒々しいものだった。
「…………魔人討伐、喜んでお受けしましょう。ですがその前にやりたいことが」
キールが言った。
「やりたいこと?」
キールの展開した結晶から難なく逃れていたヨアヒムが訊ねた。
「……公開処刑だ。あの忌々《いまいま》しい小娘の血族を根絶やしするだけでは足りない。あの小娘の関わった全ての人間を惨たらしく1人1人、時間をかけて丁寧になぶり殺しにしてやるわ」




