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「ようこそ、おいでくださいました」
口ひげをたくわえた初老の男が言った。
片足を失っているその男は、使用人の女性に車椅子を押されて。
その男の屋敷を訪ねた若い男に向かって深々と頭を下げる。
若い男は竜の鱗を張り合わせた黒い礼服を身に纏っていた。
首もとには高難度魔宮でのみ採集できる藤色の大きな花弁をスカーフのように巻き付けて。
腰には装飾の施された火筒と細身の剣を下げている。
その後ろにはフードを目深に被った冒険者の護衛が2人立っていた。
護衛はギルドの紋章が刻まれたマントで体のほとんどを覆っている。
「わざわざ出迎えご苦労。その身体だ。部屋で待っていてくれて構わなかったのに」
若い男が言った。
車椅子に腰かける初老の男の片足を見る。
「とんでもございません。ヨアヒム様自らがいらっしゃるのなら、クロスブライト家の現当主である私がお出迎えしなくては。クロスブライトの繁栄も私の今の地位も全てはヨアヒム様とその一族のお力があればこそ」
「…………私のような若造にへりくだる。プライド高いクロスブライトの人間として、さぞ不服だろうに」
屋敷を訪ねた若い男──ヨアヒムが意地悪く笑った。
「そんな、滅相もございません」
初老の男が言った。
ヨアヒムはうろたえる男を見て。
「からかいが過ぎたな、キール」
初老の男──キール・クロスブライトに向かって、ヨアヒムが言う。
「だが腹の内では何を思っていても構わない。相応の働きさえしてくれれば、な」
カツカツと靴音を響かせて。
玄関ホールから先へと進むヨアヒム。
屋敷の主であるキールは、我が物顔で歩みを進めるヨアヒムの背中を睨んだ。
使用人に手振りであとを追えと指示する。
「…………それで、今回はどのような御用件で。内密な話とだけ伺っておりましたが」
キールが訊いた。
「頼みたい事がある」
「と、言いますと」
「魔人狩りを2件ほど。そして片方の魔人が連れている魔物の捕縛をしてもらいたい」
「魔人狩り……ですか」
魔人と聞いてキールの顔が青ざめた。
脳裏をよぎったのはこちらを見下ろす小さな少女と巨大な魔物。
そしてその魔物が振り下ろす戦斧。
その記憶を振り払うようにキールは首を左右に振って。
「ですが私は魔人捕縛任務の際にこのとおり片足を失っております。とても戦える状態では」
「聞けば今は魔人に対して強い恐怖心を抱いているとか」
ヨアヒムはコツンと靴音を響かせて。
「それを払拭したくはないか。君は高潔なクロスブライトの当主なのだ。人々の上に立つべき人間だ。それなのに君は魔人を恐れ、屋敷に引きこもり、悪夢にうなされ、居もしない影を幻視して憔悴している。それは君の望むところではあるまい?」
ヨアヒムは懐へと手を伸ばした。
そこから青白く透き通る結晶の塊を取り出す。
「これは私の友がくれたものだ」
「それは……魔結晶なのですか」
結晶を訝しげに見ながらキールが訊いた。
「いいや」
ヨアヒムは即座に否定。
次いでその口許に薄く笑みを広げる。
「これは、ゲーセリスィの欠片だ」
「ゲーセリスィ? 聞き慣れない言葉ですが」
「ああ、だろうとも。この存在は影の議会と、地底探索を行い、帰還した古い時代の冒険者達しか知らぬ存在だ。そして我々、影の議会はゲーセリスィと手を組み、その知識を借り受けている。魔人飼いの方法や魔宮の運営などはゲーセリスィによってもたらされた知識を礎にしている」
「その欠片を使うとどうなるのです?」
キールが言うとヨアヒムはにやりと笑った。
連れていた護衛に目配せをする。
護衛はすかさず跳躍。
キールの背後へと着地すると振り向き様に手を伸ばした。
その手がキールの使用人の首を掴む。
「────」
使用人が悲鳴を上げるより早く。
その護衛の手が目映い光を放った。
見ると使用人の肩から上が結晶に包まれて。
護衛がその手を放すと、後ろへと倒れる使用人。
床に打ち付けた頭部が粉々に砕け散る。
「一体何が起きた……?」
「これは『浄化の光』。魔人や魔物、魔宮をも結晶化させて破砕する、星より与えられし魔人狩りの力だ」
ヨアヒムは頭の砕けた使用人を一瞥して。
「このとおり、人間にも作用する」
そう言うとヨアヒムは護衛へと視線を向けた。
護衛はその視線を受け、目深に被っていたフードをとる。
そこに現れたのは逆さまの能面のような、顔。
水晶のような身体の先に、張り付けたように人間の顔があった。
深い闇を湛える真っ黒な瞳がキールを見つめている。
「この化け物は、なんだ。これがゲーセリスィなのか」
「ああ。ゲーセリスィの一種。この個体は量産個体の1つ。『誰も知らぬ冒険者』の名を冠する影の議会の手足だ」
「まさか…………ヨアヒム様はこの私にこんな化け物になれと?」
キールが訊いた。
さりげなく車椅子の底に仕込んでいた愛用の剣の柄へと手を伸ばす。