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◼️-1

「へー、本当に?」


 少年の声が響いた。


 薄暗い空間に立ち並ぶ本棚。

そこに並ぶ本と本の隙間から漏れ出る光が周囲をほのかに照らしている。


 その柔らかい光に照らされて、眠そうに目をこする少年の姿。

少年は褐色の肌に翡翠ひすいのような青緑色の髪を無造作に跳ねさせて。

大きな丸縁の眼鏡をかけていた。

そしてその瞳が薄闇の中で赤く光っている。


「やーね、ホントよぉ」


 少年が覗き込む鏡の先から声が聞こえた。

その鏡には屈強な肉体と、それとは不釣り合いな可愛らしい寝間着姿の人物が映っていて。

その人物は長い三つ編みを左右に垂らしている。


「ふーん」


 少年は積み上げた本の上に腰かけ、足をぶらぶらとさせて。

半眼で鏡の先の人物を睨む。


「……で、昨日の定時報告がなかった理由と、こんな時間にボクを起こした理由は? んん? 魔力も1度枯渇しかかってるねー。しかもボクが公に提供してないデバフ系のスペルアーツも使ってる」


「それだけピンチになったってことよ。色々想定外の事態が重なったの」


「……捕縛の用意くらいは進めてるわけ」


「それがぜーんぜん」


 鏡の向こうの相手が首を左右に振った。


「無能」


 少年がため息混じりに言った。

積み上げた本ごと後ろに倒れ込む。


「仕方ないじゃない。対象──アムドゥスって名乗ってるみたいだけど、アムドゥスは視界に入ったものの情報を読み取る力があるわ。スペルアーツのくさびを打っても、それを見抜かれるリスクがあったの」


「ふむ、『始まりの迷宮(ディザイン・ヴェルト)』に情報の照会をしてるってことかな。それは厄介だね」


 少年は床に寝転がったまま呟いた。


「…………」


 少年は数回まばたきをした。

次いでのそりと起き上がって。


「じゃあボクは寝る」


「ええー?! ちょっとー。私このあとどうすればいいわけ? 支援は? 大事な局面よ。ようやく原初の魔物の一欠片を発見したんだもの。起きなさいよぉ」


「やだ」


 少年はきっぱりと断った。


「睡眠不足は思考を鈍らせる。ボクは10時間きっちり寝る。以上」


「影の議会の動きはどうなのよ。血眼で探してるんじゃないのぉ?」


「『誰も知らない冒険者( クリフトフ )』の数が増えてるみたいだよ。議会に所属してる冒険者もそれぞれ動いてるみたいだ」


「なのに寝るの?」


「寝る」


「ちょっとー」


「原初の魔物の一欠片──アムドゥスだっけ? アムドゥスはあくまで『始まりの迷宮(ディザイン・ヴェルト)』に到達するための鍵であり、そしてボクの目的を果たすための過程に過ぎない。その捕獲は優先されるものだけど、同時にボクの研究も進めなければならない」


 少年は大きなあくびをして。


「そっちの対処は起きたら考えとくよ。定時報告を欠かさないように」


「もう、ホント勝手よね」


「…………」


 少年は首をかしげた。

鏡に近づくとその先に映る人物を見上げる。


「なぁに? どうしたのよ」


「いや、やけに反抗的だなと思って」


 少年の赤い瞳がギラリと光って。


「でも、『隷属魔象スレイヴ』は解除されてない。ちゃんと機能してるね」


「当然よ。簡単に解除できるようなものはあなた作らないでしょ」


「イヒヒ、まぁね」


「あなた、寝るんでしょ? だったら私も戻るわ。捕縛が完了するまでは同行しなきゃならないし、勘繰かんぐられるのは困る。可能なら定時報告をしばらく止めたいのだけれど、いいかしら?」


「起きたら答える」


「今よ。連絡をしばらく絶ちたいって言ってるのに、決めることを決めないで通信をやめるなんて。結局また連絡しないといけないじゃないの」


「ボクは眠い。思考が不明瞭ふめいりょうだ。決断だなんて、思考が大きく問われる作業はすべきではない」


「決断なんて大げさよ。私、決めてくれるまであなたの事寝かさないわよ?」


 鏡の先からその人物はウィンク。

少年はその姿に鳥肌を立てる。


「分かった分かった。定時報告は一旦やめていいから」


 少年は鏡に背を向けながら言った。


「じゃあボク寝るからー」


 そう続けると鏡から離れていく。


 鏡の先の人物は背を向けて遠ざかる少年の背を見送りながら、不敵に広角をつり上げた。 

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